この花を貴方に



 私は花です。アネモネです。彼女に丹精込めて育てていただいたアネモネです。アネモネなりに、彼女の事が大好きなのです。

 私と彼女の付き合いは長いのです。出会いは園芸店でした。安っぽい袋に入って、棚に並べられていた私を、彼女は見つけてくれたのです。手に取ってくれたのです。なんと運命的なのでしょうか。私と彼女が巡り合ったのは、きっと、必然なのです。彼女は私の為に、栄養がたくさん混ぜこまれた土を用意してくれたのです。丁寧にお世話をしてくれたのです。水が欲しいときに水を与えてくれたのです。彼女は私にとって、特別な人なのです。だからでしょうか、私の色が赤いのは。
 彼女が教えてくれたのです。赤いアネモネの花言葉。赤い私の花言葉を。教えてくれたのです。『君を愛す』、が私に与えられた言葉だと、彼女は言うのです。もどかしい限りです。誰がこの言葉を、赤いアネモネに授けたのでしょうか。『君を愛す』それはきっと、人間が私たちに託した言葉なのでしょう。私たち花を、文字のないラブレターへと変えるために与えた言葉なのでしょう。
 しかし、私はラブレターになんかなりたくないのです。人と人との間に身を置く、憐れな代弁者になんてなりたくないのです。私は、私が愛するのは、彼女なのです。この言葉は、他の誰でもない、彼女にこそ、伝えたいのです。
 ですが、私には口がないのです。文字を書くことも出来ないのです。私が、こんな思いを抱いていることを、彼女に伝えることは、永遠に出来ないのです。私は咲くことしか出来ません。私が無事に咲くことで、彼女が笑顔になれるのならば、花に産まれてこれ以上幸せなことはないのだと、自分自身に言い聞かせることしか出来ないのです。
 きっと彼女は、いつか私を手折るのでしょう。そして、その足で誰かのもとへ向かうのでしょう。『君を愛す』という言葉を、私に託して。



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