寒空と君と流れ星


 
「返してほしくばついて来い!お前のスマホと貝殻ねこはこの春裾マコトが預かった!」

 言うが早いか、マコトはドアを開け、部活で鍛え上げられた脚力を存分に発揮し走り去っていった。バンッと大きな音と共にドアが閉まる。
 まさかの展開に俺は怒る気にすらなれず、一人残された玄関で顔を両手で覆って長い息をつくことしか出来なかった。

 のろのろと外出準備を済ませてアパートの廊下に出る。寒い。収納していた防寒着をひっぱり出してよかった。それでも室内との温度差に体がぶるっと震える。行きたくない。行きたくないが人質をとられている。これは、行くしかない。
 鍵を閉めてアイツが待っているであろう駐車場に向かうと案の定、チカチカと車のライトを明滅させる馬鹿と再会した。街でよく見かける黒色の軽自動車に乗っている。運転席に乗っているマコトはウインドウを下げ、俺に向かって早く乗れと合図を送っていたので、助手席にお邪魔した。

 助手席のシートの上には俺のスマホが無造作に置かれていた。なんてやつだ。他人の物なんだから、もう少し丁寧に扱ってくれてもいいだろうに。おかえりスマホ。おかえり貝殻ねこ。
 なんて考えながらシートベルトを締め終わると、車が動き出した。ライトを点灯させ、アパートの駐車場から抜ける。
 街灯はあるが辺りは真っ暗で、近所の住宅地の窓から漏れ出る明かりも少なかった。平日の十二時だからだろうか。みんな明日に備えて寝ているのだろう。俺も寝たい。

「三角山公園に行こう」
「…三角山公園って山の中腹にあるあれか?」
「そうそう。綺麗な星を見るためには街の光を遠ざけて、山の近くまで行くといいってネットに書いてあったし」
「あそこ幽霊出るって聞いたことあるけど」
「知ってる。万が一に備えて塩持ってきた」

 後部座席を覗いてみると、白い長方形の物体があった。スーパーとかで売っている一キロの塩だ。なぜかシートベルトを装着させられている。塩なのに。

「食塩じゃん」
「塩は塩だろ。塩化ナトリウム。エヌエーシーエル!」

 マコトはそう言うとアクセルを踏んで車を加速させた。

「安全運転で頼みます」
「分かってるって。免許取ったばかりなのに早速事故とか嫌だし。何よりお前と一緒にいるときに事故ったらあいつらに何言われるか」
「ですよねー。それは俺もごめんだ」
「あのさ、一つ質問していい?」
「なに?」
「三角山公園までの道って分かる?」

 唖然とした。まさかこいつ何も調べずに来たのか。何も調べてないうえで公園に行こうなんて言ったのか。嘘だろ。

「……帰ろう」
「は。何言ってんの?」
「それはこっちの台詞だ馬鹿。なんで何にも調べてないんだ馬鹿。ネットで検索すりゃ即出るだろ馬鹿。ばかばかばか」
「ば、馬鹿って言うな!ネットで調べりゃいいんだろ!?いいよ、自分で調べてやるよ」
「ばーかばーか」
「うっせ」

 道を知らないという致命的なアクシデントにより、俺達はどこか近くのコンビニの駐車場に車を停めることにした。適当に車を走らせてコンビニを探すが、こういう時に限ってなかなか見つからない。
 そうこうしてるうちに時間が刻々と迫ってきていた。極大は午前一時。まあ一時きっかりに、大量の流れ星が姿を現し、そしてきっかり一分後には全部消える、というわけではないだろうから、十分や二十分過ぎたとしても別にいいんだろうけども。
 俺が、公園じゃなくてもいいじゃないか妥協しようと提案すれば、せめて暗い所に行くという旨の返事――実際は悔しさからの唸り声が混じって酷く聞き取りにくいものだった――が戻ってきた。

 進路不明のまま、感を頼りに道を突き進むと、奇跡的に開けた場所にでた。
 周囲は田んぼなのだろうか。真っ暗でなにもないように見える。暗い部分に車が近づくと、道を照らすライトのおかげでそこが稲を刈り取り終わった田んぼだと確認することが出来た。
 田んぼに沿うように道は真っ直ぐと続いている。そのまま道なりに進んで行けば、どこからか川のせせらぐ音が聞こえてきた。
 すると、何の声掛けもなくマコトは車を停止させライトを消した。車の外は真っ暗だった。

「ここでいいや」

 マコトはシートベルトを外して車外に出て行った。それに続くように俺も外に出た。
 暗くて寒い。真っ暗な冬の夜は羊羹みたいだと思った。黒くて、冷たくて、少し重たい。
 遠くに街の明かりが見えた。街に背を向けてみると、目の前には墨で塗りつぶしたような黒一色の世界が広がっている。
 空を見上げる。小さな星々が、ばらまかれたかのようにそこにあった。月はない。星だけが光る空だった。
 そんな静かな夜空に、流れ星が横切るのを見た。流れ星は目で追いかける前に消えてしまった。一つ。二つ。数える前に星が流れ、消えたかと思えば違う星が、空のどこかですっと流れる。今度はひとつを目で追うことはせずに、その光景をじっと眺めることにした。その光景は間違いなく、流星群だった。

「おお流れてる!それに良く見える!」
「すげー」
「カズマ。もう少ししっかりとした感想を言え」
「うるさい。お前だって、流れてるーしか言ってないだろ」
「私は良いんだ。なにせ私だからな」
「意味分からん」

 マコトはスマホを取り出して夜空を撮影し始めた。シャッター音の後から、あーくそとか畜生とか聞こえてるので、どうやら撮影に失敗しているらしい。そりゃそうだろう。スマホじゃ撮れないだろう。
 スマホのバックライトのせいで顔だけが白く浮かび上がっている。長い髪も相まって、まるで幽霊みたいだった。

「何回やっても真っ暗になる」
「諦めろ。星をとるとか絶対無理だって」
「くっ……」
「そんなことに無駄に時間を使うより、諦めて肉眼で見た方が絶対いいよ」
「うーん。そうだなぁ」

 マコトは渋々スマホを下ろした――かと思ったのだが違った。スマホをこちらに向け、シャッターを切りやがった。暗闇に慣れた目にフラッシュが突き刺さる。

「眩しいだろ!やめろって!」
「まあまあ。記念撮影だから許して」
「何の記念だよ」
「えーっと。流星群記念?」
「なら俺関係ないだろ。流星群撮れよ」
「だーかーらー、撮れないって言ってんだろー!」

 それから三十分ほど流星群を堪能し、俺とマコトは帰路についた。帰りの道順なんて覚えているはずもなかったので、スマホのGPSとデジタルマップを駆使して車を走らせた。
 寒空の下で見た流れ星は綺麗だったが、それをみるために支払った睡眠時間という代償は思っていたよりも大きく、次の日、僕らは同じ講義の最中に爆睡してしまうという失態を演じたのだった。



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