自分嫌いな君を愛してる



 初めて君と出会ったのは、大きな花が咲いていた夏の日だったね。まだ小さかった僕に、たくさん話しかけてくれたのを今でも覚えているよ。出会った時から友達みたいに接してくれて、本当に嬉しかった。家に連れて帰ってくれたときはお母さんに怒られたよね。僕のせいで怒られて涙を流してる君に、僕はなんて言って謝ろうかずっと考えていたんだよ。言葉なんて通じないのに。あの時の僕は小さかったからそんなことも分からなかったんだ。あの時はごめんね。君は何も悪くないのに、僕のせいで怒られてしまって。本当にごめんなさい。
 でもね、僕は、あの時どきどきもしてたんだ。君と一緒にいられるのかなって。君と一緒に遊べるのかなって。あの時のお母さんは、大きな声を出していて怖かったけど、怖いって思うよりも、どきどきそわそわしてたんだ。お母さんが許してくれるまで、君は僕を抱えて、家の外で座り込んでいたよね。そのうちお父さんが帰って来て、君と一緒に、僕を家族にしてくれるようにお母さんに頼んでくれたよね。あの時は嬉しかったなあ。ここにいていいんだって、言われた時は本当に嬉しかった。
 
 それから、君は色々な事を教えてくれたね。あの大きな花がひまわりだっていう事も、君に教えてもらったから僕は分かるんだよ。僕は何も知らなかったから、沢山のことを教えてくれる君の事が大好きだったよ。毎日が楽しくて、毎日君の顔を見ることが何よりも嬉しかったんだ。朝一番に君の顔を見ると、その日一日が幸せだったんだよ。学校から帰ってきた君は、すぐに僕と遊んでくれたよね。楽しかったなあ。雨の日も遊んでくれて、台風の日なんて一日中遊んでくれたよね。あの日を思い出すだけで、僕は元気になれたんだ。

 ある時期に、僕の所に来て泣いてばかりいたね。今だから正直に言うけど、よく泣く子だなって、僕は思っていたんだよ。何で君が泣いているか、僕にだけ教えてくれたね。理由も、その涙の意味も、全部全部覚えているけれど、今ここで、こうやって思い出してしまうと、心が締め付けられて、悲しくなるからやめておくね。でもね、僕はちゃんと分かっているんだよ。君が優しい子だから。君が気を遣う子だから。君が自分よりも他の人を優先する子だから。あの時泣いていたんだよね。君の流す涙は優しい涙だから、きっとこれからも、何度も何度も流す時が来ちゃうと思うんだ。でもね、それは決して悪い涙じゃないんだよ。だから自分を責めないで。泣くと必ず、泣き虫な自分が嫌いだなんて言うけれど、それは泣き虫なんかじゃないんだよ。本当の泣き虫は、自分じゃ何もしなくて、他人に押し付けるために涙を流すんだ。君の涙はそうじゃない。君の涙は自分で何かをするから流す、とってもかっこいい涙なんだよ。
 だから自分の事を嫌いだなんて思わなくていいんだよ。って、言っても君はとっても優しい子だから、他人に迷惑をかけないように生きようとしちゃうよね。いつか、涙を流すことが迷惑だなんて思わない日が来てくれると嬉しいな。


 僕はね、何十年経とうとも、どこにいようとも、そんな、自分嫌いの優しい君をずっとずっと愛しているよ。本当は君が自分の事を、好きだって言える日まで一緒にいたかったんだけど、君と僕との生きている時間は違うから、残念だけど諦めるしかないんだ。

 また君に会えるかな。また君に拾ってもらえるかな。また君に名前を付けてもらえるかな。また君と散歩ができるかな。また君の涙を掬う事が出来るかな。出来るよね、きっと。死んじゃっても、生まれ変わってまた会えるって、君が教えてくれたもんね。だから、さよならするね。ばいばい。ありがとう。また、会おうね。


***

 冬の冷たい空気の中、女性は温もりが消えてしまった愛犬の亡骸を抱きしめて、一人では止め方が分からない涙を、いつまでも、いつまでも流していました。



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