ライデンさんと私

 席に着いて朱里と話していると、合コンの参加者たちが集まってきた。参加者が一人、また一人と集まるにつれ私は孤独になっていく。私の知り合いは朱里だけだ。話すことも話すきっかけもないので、無心になり水を飲む。トイレに行く。その謎のループを何回か繰り返したころに、漸く合コンが始まった。
 男女八人の印象のない自己紹介が始まる。違う。印象がない訳ではない。勿論私が興味をそそられていない訳でもない。一人の、向かいの席の左端に座っている彼の印象が強すぎるせいで、全体の自己紹介が薄くなっているのだ。それが私だけなのか、全体の感覚なのかは分からない。分からないが、彼だけが異色なのは確かだ。

「空真ライデンです。見ての通りのブラウン管テレビです。ビデオテープの再生は出来ませんが、十四型なので場所も取りません。よろしくお願いします」

 大した抑揚すらつけない簡潔な自己紹介。なのに。なんてパンチの利いた自己紹介だろう。
 ビデオテープ。十四型。彼の頭はテレビだった。テレビ。ブラウン管のあれ。
 久々に異形頭なる人種を見たので、他の人の自己紹介の間もずっと彼を見ていた。見ながら、小学生のころ同じクラスだった異形頭の子は鳥籠だったな、とか。中にオカメインコが入っててよく二人と一羽で遊んでいたな。彼女とオカメちゃん、今も元気かな。とか、合コンに一切関係のないことをだらだらと考えていた。
 自己紹介が終われば乾杯、そして男女がそれぞれで会話をし始める。こうなってくると私の役目は終わったも同然。話し掛けられてもノリの悪いはずれ女ですよアピールをして、ひたすらに食事をした。
 揚げ出し豆腐おいしい。からあげおいしい。お刺身おいしい。焼酎おいしい。

 合コンと言う名の晩御飯を十二分に満喫し終えたころに、彼が話しかけてきた。彼。そう。十四型の。ブラウン管の。空真ライデンさん。正直かなり気にはなる。が、質問をされても曖昧に適当に返す事しか出来なかった。適当以外の答えを私は知らなかった。正確に答えていいものか、それとも少しばかり含みを持たせるものなのか、いやいや寧ろライデンさんはミステリアスな女性がタイプだったらどうしよう。
 どうしよう。どうしよう?
 なぜそうなる。なぜタイプがどうのなんて気にしているんだ。知らず知らずのうちに合コンと言う雰囲気に呑まれて自我を失ってしまったのか。確りしろ自分。
 年齢イコール彼氏いない歴である自分への気付けと景気づけを込めて、グラスに注いであった焼酎を一気に煽る。喉が燃えるような感覚。胃が温まる感覚。それを実感してから、一気に飲む量ではなかったと後悔する。じわじわと酔いが体に染み込んできた。

「日向さんってお酒強いんですね!まさか一気に飲むだなんて。なんだか憧れます」
「普通、です。…あの。失礼な質問かもしれないんですが、ライデンさんのような異形頭さんって、お酒、飲めるんですか?」
「飲めますよ!まあ、飲むと言うよりアレですが」

 ほら、と元気よく出されたのは腕だった。ワイシャツの袖口のボタンを外し、ぐっと腕まくりをする。肌が露わになるが、そんなことより気になるものがあった。腕に、電気ブランと言う文字が印刷されたパッチが貼り付けられていたのだ。ライデンさんが言うには、これを貼り付ければ酔った感覚が味わえるらしい。なるほど、異形頭の、特に電気系統の人はこうやって酒の席を楽しむのか。
 変に納得する私を見て、ライデンさんは不思議そうに――顔がテレビなので表情はないが――しながら、また質問をしてくれた。

「ところで日向さん」
「はあ」
「日向さんはテレビ、お好きですか?」

 テレビ。目の前にテレビがいるのに、嫌いだなんて言えるはずがない。いや、いようがいまいがテレビは好きだけども。だけど、今好きだとか言うと、何だか意味が違ってくるような気がして。
 頭の中がぐわんと揺れた。どうやらさっき煽った焼酎が効いて来たらしい。

「…お嫌いでしたか?」

 声のトーンがあからさまに落ちた。そして沈黙。ライデンさんは下を向き、電気ブランと書かれていいたパッチを、電気ブラン(度数高)と書かれた新しいパッチに貼り替え始める。数分前の明るさはどこに消えてしまったのか。彼の質問に答えずにじっと見ていると、変な事聞いて申し訳ないですと悲しそうに言ってきた。
 なぜ謝る。なぜそうだと勝手に決める。ほんの少し前まで背筋が良かった彼が、急に猫背になった姿を見て、私は慌てて声をかけるしかなかった。

「ああ、いえ。好きですよ。テレビ。好きです。無いと落ち着かないですよね。小さなころから一緒だったせいか、見なくても部屋に置いておきたい。そんな存在ですよね」
「見なくても、ですか?」

 私は彼の地雷を思い切り踏んだ。地雷と言うか、起爆スイッチと言うか挑戦状と言うか。なんというか、とりあえず、私の発したほんの些細な言葉は、彼のプライドを刺激したらしかった。

「僕が、日向さんにお勧めの番組を世界各国の電波を駆使して探します。見なくてもいいなんて、もうそんな事言わせません。僕と一緒にいろんな面白い番組見ましょう。だから、まずは僕と友達になってください。そしてあなたの好みを教えてください。必ずやあなたに愛されるテレビになってみせます!あなたに愛されたい!」

 そんな内容を無駄に大きな声で宣言したライデンさんを、そしてまさかの宣言に驚きすぎてしまって硬直していた私を、周りが放っておくはずがなかった。何せこれは合コンである。そしていい大人全員が酔っている。更に言えば店内にいる他のお客さんも酔っているのだから、囃し立てない訳がない。やいのやいのと関係のない人たちが騒ぎ出す。おめでとうと知らない人から祝福された。
 意味不明な展開に頭がついていけていない私をしり目に、初めての彼氏おめでとう、と見事に勘違いした朱里が泣きながら私の手を握ってきた。

***

 あの日から数年が経った。どうやら私は自分で思っていたよりも流されやすい方で、且つ根気強い方だったらしく、未だに何故かテレビ頭の彼、ライデンさんと付き合っている。いろいろあったと言うには何もなく、平穏だったと言えばそんなこともなく。一般的な、標準的な、中の中のお付き合い。そんな交際期間中で変化があったのは、私のテレビに対する興味と、彼のテンションだった。

「そんなに見つめられると照れちゃうなあ。僕ってそんなにかっこいいかな?そんなに真剣な顔して魅入っちゃうほどかっこいいかな?ねえねえ、どうなのハニー!」
「煩い。少し黙って。テレビの音が聞こえない」

 何をどうしてこうなってしまったんだろう。初対面の謙虚さは一体どこに飛んで行ってしまったのか。幸いなことに彼は内弁慶なので、こんなふざけた態度をとるのは私の前だけだ。なので、そんなに被害はない…と信じたい。
 私に一蹴されるのなんてすっかり慣れてしまったのか、彼は不貞腐れるわけでも悲しい猫背を披露するでもなく、胡坐をかいて「酷いなー冷たいなー」とふざけた様に言いながら、前後に軽く揺れている。見づらいから揺れるなと言えばちゃんと止まってくれる。止まらなければ物理的に止めるが。

 彼の目の前――と言うか彼の頭であり顔でもあるテレビの中――では、あの日合コンで利用した、お洒落なお店の特集が流れていた。


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