捨てスネコスリにご注意を

 キャベツ。キャベツか。キャベツなら。
 僕はレジ袋に入っていた千切りキャベツの袋詰めを開封し、振りまきながら逃げることにした。
 ぱさり。キャベツが地面に落ちると、スネコスリはすぐに僕の脛から離れてそれを食べ始めた。今夜二食目の――本当に二食目なのかどうかは分からないが――キャベツを嬉しそうに食べているそいつを放置して、僕は自宅があるアパートへと逃げ帰った。幸いにも僕が住んでいたアパートは本当にすぐ近くだったので、簡単に逃げることが出来た。
 階段の手すりに手をかけて後ろを振り返る。あのもふもふの塊は視界にいなかった。完全に撒いたと思い、僕はほっとした。階段を上って自分の部屋に入る。手にしていた千切りキャベツの袋は、すっかり空になっていた。

 翌朝、溜まったゴミを捨てようと思って外に出た。いや、出ようとした。ドアを開け、外に一歩踏み出そうとしたその場には、昨夜見た大きなスネコスリがいた。尻尾をはたはたと振りながら僕を見上げている。
 まさかヘンゼルとグレーテルのように、道に落ちたキャベツを拾い食いしながらここまでたどり着いたと言うのだろうか。確かにキャベツならパンくずとは違い、鳥に食べられて道を見失うと言う事はないだろう。ないだろう、が。
 呆然とする僕を尻目に、それはドアの隙間から身を捩るようにして部屋に入り込んだかと思えば、一直線に台所の床に放置してあったキャベツへと向かっていった。
 そいつは僕に背を向けているので齧っている姿を正面から見ることは出来なかったが、むしゃむしゃとキャベツを食べているらしい音が聞こえてきた。その音は、僕がゴミ捨て場から戻ってきた時もまだ続いていた。

 更に。更に恐ろしい事に、僕の実家の――キャベツ農家お手製の自慢のキャベツが気に入ってしまったのか、そのスネコスリは追い出しても追い出しても戻ってきた。あまりにそれを繰り返されたので、最終的に段ボール箱に無理矢理詰め込んだ。
 暴れる箱を必死に抱えて、少し遠いけど公園にでも置こうかなと考えながら外を歩いていたら、知らない人から動物を捨てるなんて最低だ、お前が捨てられろ、とか言う勘違いの暴言を投げつけられてしまった。違うんです、と反論しても信じて貰えるはずもない。傍から見れば確かに、見間違うはずもないほど完璧に、僕は動物を箱に詰めて捨てようとしている大学生に違いない。
 と、自分で気が付いた時に色々と諦めた。疲れたと言ってもいいだろう。疲れた。勝手に僕の部屋に居座ろうとするこいつを、外に追い出そうとしていただけなのに何故僕が怒られないといけないのか。
 全部が馬鹿らしくなり、こいつを抱えていることすら面倒になった。もし今ここで、この段ボールを開けたらパニックのままにどこかに逃げてくれるかもしれない。そう思って箱を開けてみると、案の定パニック状態のスネコスリが勢いよく飛び出した。そして一目散に、僕が歩いてきた方向へ――僕のアパートがある方向へ――と走っていった。

 捨てスネコスリは中々、ではなく、とんでもなく迷惑な生き物だった。

 そして現在、その大きなスネコスリ――スリちゃんは僕と一緒に暮らしている。今日も日当たりのいいベランダで、母曰く出来が良かったと言うキャベツを貪っていた。



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