スネコスリといっしょ

 スリちゃんが家に居座るようになってから半年が過ぎた。今では大家さん、ひいてはうちの両親公認のペットとなっている。
 部屋の主である僕として納得できないが、どうにも僕は周りに流されてまうタイプらしく、ここまで周りに知れ渡ってしまった以上、僕の一存でぽいと捨てることも出来なかった。捨てようものなら罵られる気さえした。
 なぜなら僕の両親が、大層スリちゃんを気にいってしまったのである。
 キャベツ農家のツボ、というものをスリちゃんは小賢しくも把握しており、両親との初対面の際には、それはそれは美味しそうにキャベツを平らげたのだった。
 丹精込めて育てた自慢のキャベツを、美味しそうに、むしゃむしゃぺろりと目の前ですっかり食べてしまったスリちゃんを見たうちの両親は、なぜか感動してしまったらしく、母なんて涙を浮かべて喜んでいた。
 キャベツを堪能したスリちゃんは、借りてきた猫のように大人しく、かつ従順な犬のように両親の言う事を良く聞いた。適度な加減で父の脛をすり始めた時には、僕は苛立ちさえ覚えた。僕には苛烈ともいえる勢いで擦るのに。一体なんなんだこいつは。

 そんなスリちゃんの愛想の良さに完全にやられてしまった両親は、スリちゃんを受け入れただけでなく、月に一回、スリちゃんの為に、僕ではなくスリちゃんの為だけに、キャベツを送ってくるようになった。キャベツよりお米が欲しいと母に進言すれば、あら送るの忘れてたわ、それよりキャベツはまだあるの、と返してくる始末である。
 キャベツがぎっしりと詰められた箱は、玄関先で配達員さんから受け取るときに、危うく腰をやられそうになるほど重かった。
 僕がよたよたと、情けない足取りで台所に向かっている途中、テンションが異常に高いスリちゃんの襲撃にあった。人の脛は擦るは、足元を跳ね回るは、バク宙を決めるはで鬱陶しいことこの上ない。終いには一人で混乱を極めたのか、喜び過ぎて本棚に激突していた。
 平均的なスネコスリよりもかなり大き目なスリちゃんが、スピードと体重を乗せて本棚に激突すると、並べていた本が一斉にはじけ飛んだ。僕は抱えていた箱をその場に下ろし、無残にも散った本たちの側に駆け寄った。
 僕とは入れ違いに、スリちゃんがキャベツの詰まった箱の方へと書け寄る姿が目の端に映る。目をやらずともスリちゃんの行動は予想できた。そして案の定、背後からぼりぼりとャベツを齧る音すら聞こえてくる。
 なぜ。なぜこんな小妖怪に振り回されてしまうのか。僕は散乱した本をかき集めながら、ぼんやりと思った。
 
***

 十一月に入ると、とたん寒くなった。特に朝の冷え込みが辛く、布団から中々抜け出せない日が増えるようになってきた。なので僕は、休みの日を利用してコタツを出すことにした。
 押し入れに仕舞い込んでいたコタツ布団一式を引きずり出し、狭いベランダを最大限に活用して諸々を干した。普段とは違う僕の行動を、スリちゃんは不思議そうに見ていたが、すぐに興味を無くしたようだった。
 コタツ布団を干しているせいで、部屋の中に差し込む太陽の光はいつもよりもかなり制限されていた。それでもスリちゃんは辛うじて日が差し込んでいる場所を探し出し、大きな体をごろんと倒して横になっていた。
 野性味がすっかり抜け落ちているスリちゃんを横目で見ながら、僕は部屋全体の掃除に取り掛かった。掃除を終えたころには、スリちゃんが寝ていた場所は日陰になっていた。
 干していたコタツ布団を全て取り込み、部屋の真ん中にコタツを設置する。部屋が狭くなってしまったが仕方ないだろう。背に腹は代えられない。コタツがない冬なんて、蚊取り線香がない夏のようなものだ。ある方がいいに決まっている。
 完成したばかりのコタツに入ろうとした瞬間、爆睡していたスリちゃんが目を覚ました。
 部屋の真ん中に突如現れたコタツを警戒しているようだったが、僕が抱え上げてコタツの中に押し込めると、中の暗さとほんのりとした温かみをすぐに気に入ったらしく、暴れることも出てくることもしなかった。
 コタツ布団をそっと上げて中を覗いてみると、隅の方で丸くなっているスリちゃんと目があった。スリちゃんは僕を確認するとすっと目を閉じ、眠る体勢を整え始めた。スリちゃんの適応力の高さに僕は苦笑する。
 僕は改めてコタツに足を入れると、なぜかスリちゃんがこちらに近づいて来たようで、足にうっすらと重みを感じた。どうやら中で僕の脛に寄りかかっているらしい。じんわりとした温かさが脛に伝わってくる。
 胡坐を組んでいると、右の脛に尻尾を巻きつけつつ、足と足の隙間に入り込んできた。温もりといい重さといい、まるで猫のようだった。時折思い出したように、脛を四五回擦り、満足したように眠りに落ちるスリちゃんを見て、僕は初めてスリちゃんのことを愛おしいと思った。

***

 なんて思ったのもひと時限りだった。
 なぜならスリちゃんは、僕がコタツから抜け出す度に高速で脛を擦って抗議をし、さらには脛にしがみ付いて離してくれさえしない傍若無人っぷりを披露したのだ。
 あまりの身勝手さに僕は困り果て、出来得る限りのありとあらゆる対策を練ってはみたが、全くと言っていいほど効果はなかった。
 数十分の格闘の末、何事もなかったように僕の腿を枕にし、脛にしがみ付いて眠るスリちゃんを見ながら、僕は去年とは違うであろう冬の過ごし方を考えてみる。
 寒い室内の中で行うスリちゃんの世話はもちろん、勝手さに振り回される未来が見えた。見返りは去年よりも一匹分暖かいコタツ。割に合わない。
 僕はコタツの天板に額を擦り付け、ため息を吐いた。ぷぴぷぴと、スリちゃんの鼻が鳴る音が聞こえる。
 スネコスリに振り回される冬は、まだ始まったばかりだ。



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