ひとかい
アオギリ町の片隅。カワセミ番地にある古道具屋はオオカミの獣人が店主を務めている。客入りは相変わらずで、今日も閑古鳥が鳴いていた。暇な店主、アオイはいつものように店先に出したパイプ椅子に腰掛けて、ぷかりと一服。くゆる煙は風に吹かれて静かな店内へと舞い込んでいった。
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読みかけの小説を開いたり閉じたりして無為に時間を潰していると、知り合いが訪ねて来た。
黒くがっしりとした図体に派手な色合いのアロハシャツを羽織ったそいつの名前はヒワダ。昔からの知り合いだ。胸元の白い月の輪と、顔に刻まれた爪痕がやたら目を引く。とてもカタギのクマに見えない風体だなあとしみじみ眺めていると、ヒワダは屈託なくにっかりと笑い、挨拶もそこそこに持ってきた話題を切り出した。
人間を飼うのが流行っているんだ、と。
わたしの出方を伺うように、ヒワダは黙っていたが、その目はきらきらと少年のように輝きを放っていて、それはもはや語っているのと同じだった。しかし残念なことに、その話題に対して心底興味がわかなかったわたしは、無視するようにして手にしていた小説を開き、ヒワダの顔から未読の頁へと視線を移した。すると彼は本を取り上げて、強引にわたしの手を引っ張り立たせてしまう。
昔からだった。ヒワダは人の意見なんぞどうでもいいと考えているタイプらしく、誰がなんと答えようと、自分がやりたいこと──けれど一人では踏ん切りがつかないこと──に必ず人を、わたしを巻き込もうとする面倒な性格の持ち主だった。今回もどうせそうなるのだろうと分かっていたので、半ば冗談で無視してみたのたがやはりこうなった。
ここで拒否し続けても最後には抱えられて連れていかれるのがオチだと分かっていたので、わたしは乱暴に手を引かれても大した抵抗はせずに、はいはいと連れられるがままに歩いて行った。
電車に揺られること三十分、わたしはシシカイ市場に連れてこられた。
駅から出た途端、くしゃみが出た。辺りに漂う薬草のような独特な匂いのせいだ。くしゅん。立ち止まるわたしに構うことなく、ヒワダはずんずんと市場の雑踏へと踏み入っていく。やはりカタギに見えないらしく、すれ違う人が少しばかり気を遣って多めに隙間を作ってくれていた。
わたしは前行く彼を見失わないようにと、その背を追う。元から人混みが得意じゃない上に、呼び込みの声がうるさくて、気づけばイライラしながら歩いていた。あれも仕事なのは分かっているが、それでもうるさいものはうるさかった。できるだけ無でいようと心がけた矢先。
「ねえねえ、そこの、オオカミのお姉さん。ちょいと寄って行かないかい、新鮮な肉が入っているよ」
「すみません。菜食主義なもので」
「けっ、なんだいひやかしかい。いらねえならハナから来んじゃねえよ。さっさと家に帰って大豆でも食ってな」
口の悪い店員から必要以上に文句をつけられた。努めて冷静でいたわたしだったが、それに気がついたヒワダが、こちらを振り向きニタニタと気持ちの悪い顔で笑っていたので、思いきり尻を蹴ってやった。ヒワダはクマのくせにキャンと鳴いて「冗談なのになあ」と尻をさすりぼやいていたが知ったことではない。
目的地についた。バイバイとペンキで雑に書かれただけの看板が、いかにもやばそうな雰囲気を醸し出していた。黒服に案内されるままエレベーターに乗り込み地下へと向かう。
エレベーターの扉が開くと、ナマズの店主が待ち受けていた。つらつらと形式的な世辞を述べながら、店主はわたしたちを奥へと導いた。行き止まり、鉄の扉にかけられた厳重なロックを、慣れた手つきで外していく。重々しい扉の向こうには、たくさんの檻が積み重ねられていた。
店主は焦らすように説明を始めた。聞く気がなかったので触りしか耳に入ってこなかったが、どうにもこれは同意の上で行っている商売らしい。ペットになりたいだとかそんな理由で自らを売りに出し、人生を買い手に任せるのだとかなんとか。わたしにはよく分からない思考だが、世の中にはそんなやつもいるらしい。いい加減話にも飽きてきたわたしは、興味深そうに話を聞くヒワダを置いて、煙草をふかしながらその中へと入っていった。
頑丈な檻に入れられているのはヒトだった。大きさや色別で分けられていたり、綺麗に着飾ってたり裸だったりとさまざまだったが、どれも高額で買う気も起きない。と、見て回っていると服の裾を掴まれた。
目をやるとぼさぼさ髪の少女が、檻の隙間から伸ばした骨の浮いた貧相な手でしっかりと私の服を握っていた。やめろと睨んでも離す気配がなかったので、顔に向かって煙草の煙を吹きかけてやった。汚い顔を梅干しのように顰めると、やっと手を引っ込めて檻の奥の方へと後ずさってくれた。
話を聞き終わったらしいヒワダがわたしに声を掛けた。悩んでいるような顔をしていたので、わたしは「どれでも一緒だろ。じゃあ、これは?」と先程の少女を指さしたが、気に入らなかったらしく、首を傾げて違うヒトを物色し始めた。
ようやく決まったヒトは、身綺麗な少女だった。わたしたちと視線を合わせようとせずに、じっと床を見据え、動かないその様子から怯えていることは一目瞭然だったが、ヒワダはよく分かっていないらしく、がちゃがちゃと柵を掴んで揺さぶったりするので、少女の顔がさらに強ばっていく。
「お前が怖いんだろ」
「お、そうか」
わたしのアドバイスを素直に受け止めたヒワダは、不機嫌そうに下がった口角を人差し指で持ち上げて、笑顔を無理に作った。不似合いすぎてわたしは吹き出してしまい、それに釣られるようにしてその少女も少しだけ硬い表情を崩した。ヒワダは嬉しそうに少女を見ると、店主に向かって、「これにする」と告げて、どこで稼いだのか大層な金額を現金で支払って少女を引き取った。
電車の中では手を繋ぎ、帰り道では肩車なんかさせていたので、よほど気に入ったらしい。少女も少女で、店の檻の中で座り込んでいた時とは比べ物にならないぐらい、生き生きとしていた。
数日後、再びヒワダが訪ねてきた。「美味かったなあ」と、とろけた顔で言うものだから、わたしは呆れてしまった。
「もう食ったのか?」
「おう。炭火で一杯。月がさ、綺麗でなあ」
「はー、よくもまあ。あんな大金はたいといて、良くあっさり食えたな。もったいなくてわたしにゃ無理だわ」
「美食家だからな。俺はさ」
そう言うと、ヒワダは背負っていたずた袋を地面に下ろした。訝しげにみていると、ヒワダにやりと表情を変えた。
「誕生日だろう?」
「あん?」
確かに今日はわたしの誕生日だが。ヒワダが袋の口を解いた。もぞもぞと、脱皮するようにして袋の中から出てきたのは、あの日の少女だった。髪はぼさぼさ、痩せっぽっちで風が吹けば倒れそうなほどの貧弱具合。わたしは眉を顰めた。
「なんだこいつ」
「プレゼント」
「いらねえ」
「まあまあ、食ってみろって。美味いから」
「……」
***
アオギリ町の片隅。カワセミ番地にある古道具屋はオオカミの獣人が店主を務めている。客入りは相変わらずで、今日も閑古鳥が鳴いていた。暇な店主、アオイはいつものように店先に出したパイプ椅子に腰掛けて、ぷかりと一服。すると箒を持った少女が店内から顔を出し、ずかずかと近寄ってきたかと思うと、「煙いんですけど?」と言いながら、店主の煙草を摘んで捨てた。
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