怖い夢を見た



 僕には友人がいる。その友人とは幼稚園小学校中学校が同じで、高校大学では進学先が違ったので一緒に学ぶことはなかったが。名前は、そうだな、Aとしておこう。そのAは、昔から勉強ができるやつだった。勉強もスポーツも人並み以上にできたので、Aは当然クラスの真ん中にいた。かと言って調子に乗った行動をする訳でもなく、寧ろ、いじりと称して虐められている同級生と仲良くして、そのいじりをやり返すような、そんなやつだった。
 かく言う僕も、Aのその行動に助けられた一人だった。Aとは幼稚園から一緒だったが、話すきっかけがなかった。お互いにお互いの存在は知っていた。しかし、顔を合わせて笑いあう、という仲ではなかった。僕は僕の友人とグループを作り固まっていたし、AもAで他の友人たちと固まっていた。なので残念ながら、仲良くなる程に会話するきっかけと言うものが、僕とAにはそれまで訪れなかった。訪れたのは中学二年生の夏。僕への虐めが始まろうとしていた頃だ。Aのおかげでその虐めは、結局は未遂に終わったのだが、その一件で僕とAは仲良くなった。
 中学二年生から一年間。一年と言うと短く感じるが、僕にとっては人生で最も濃厚で楽しくて張りがある一年だった。普通ならば楽しすぎて早く感じるのだろう。だが、僕には、あまりに未体験なものが多すぎて、毎日が鮮烈すぎて、恐ろしく刺激的過ぎて、それはそれは長く感じた。
 その一年間で知り得た事だが、Aは綺麗なものに目がなかった。綺麗な人ならまだ分かるのだが、Aが綺麗という物にはたまに、首を傾げたくなるようなものまであった。アルミ缶の縁、罅入りのビー玉、何かの取っ手、焼け爛れた人形の手、木の新芽。それは様々で、一貫性がなかった。それらを手に取っては喜ぶAの隣で不思議そうにしていた僕に、Aはどこがどう綺麗だと感じたのかを丁寧に説明してくれたが、申し訳ない事なのだが当時の僕は理解が出来なかった。
 残念ながらAとは中学までの付き合いとなった。僕が進学した高校はそれなりに忙しく、他校の生徒と遊ぶよりも同級生と遊ぶ時間の方が多くなった。それはAも同じだったのだろう。いや、きっとAのほうが忙しかったに違いない。Aが進学した高校は、県内でも、それどころか○○地方内でも、有名な進学校だった。

 疎遠になって数年。今の会社の入社式で、Aを見かけた時の胸の高鳴りを僕は忘れることが出来ない。思わず駆け寄って話をした。Aは僕の事を覚えていてくれた。本当に、本当に嬉しかった。もう一度Aと会えるなんて考えたこともなかった。まさか同じ会社の同期として、毎日一緒に働けるなんて夢のようだった。
 その日からまた、僕とAは仲良くなった。

 ある日の昼休み。Aと一緒にご飯を食べている時に、Aが悲しい顔をしてぽつりと零した。怖い夢を見た、らしい。もう大人だと言うのに、怖い夢を思い出して悲しそうな顔をするAが少し面白かった。僕は興味本位でどんな夢なんだい、と聞いてみたが答えてはくれなかった。だからと言って深く追求するつもりは最初から無かったので、僕は笑いながら。

「どんな夢かは知らないが、夢だったんだろ?夢ならいいじゃないか」

 Aは僕の言葉を聞いて、安堵したように、嬉しそうに、いつものように優しい笑顔を浮かべてくれた。
 



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