18 立秋

ひらりと揺れたスカート。伸びる真っ白い足が、今も頭に焼き付いて離れない。日に晒されたことの無い足は粉砂糖をまぶしたように肌理細かくて白々しく。
踵の高い靴に収められたその足は、彼女同様高慢に満ちていた。ぴんと張った足の甲の冷たさに、私は、言い知れぬ不安の芽吹く音を聞いたのだった。

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夏バテしない方法?んなもん簡単だよ。金魚を一匹つるりといくのさ。ああ?飲むんだよ、飲み込むんだよ莫迦。赤くって丸くってとびきり活きのいいやつをよ、一呑みすんだ。まあ喉が渇いて渇いてどうしようも無くなるのが難点だが。なに?きもいし大変そう?そう言うなよ兄さん。騙されたと思って、な?

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夏本番が来る前に急いで買ったかき氷機。今年はいっぱいかき氷が食べられるね、と二人でわくわくして選んだの。手始めのシロップはメロン味。いずれ七色揃えて夢のレインボーにするんだってあなたは言ったけれど、気づけば九月、冷蔵庫のシロップは一色きり。あーあ、私たち大人になっちゃったのね。

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クリームソーダの海で溺れ死にたい。なんて、彼女が柄にもなく不思議なことを口にするものだから僕はおかしくって吹き出した。彼女はむすっとした顔で「あなたはグラタンね。あっつあつのグラタン地帯でホワイトソースとチーズに絡め取られて、マカロニの穴に嵌って死ぬの」と、ケーキを頬張り言った

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大きな大きな入道雲が降らせた雨は特別です。ざあざあと、天と地を繋ぐ激しい雨に乗っかって、なんと竜の子が一ぴき降りてくるのです。竜の子はするり人に化け、人に混じって暮らします。台風の日は巣立ちの日。心も体もすっかり大きくなった竜の子は、嵐の中をずんずん昇り、天へと帰っていくのです。

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私の家には猫がいて、昔から悪戯の罰として炭坑節を踊らせていた。がっしと前足を掴んで立たせ、あのイントロから一番の終いまで手取り足取りよいよいと。発案者は亡き祖母だ。愛猫は毎回、うへえと心底嫌そうな顔をするが仕方ない。だって罰だもの。その愛猫がまさか、猫又界屈指の踊り手になるなんて

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景色が白む雨の中。彼はどこかへと走っていった。出る前に何か言っていたようだが、雨粒にばしばしと叩かれるトタン屋根のうるささで、全く聞き取れなかった。仕方なくひとりで止むのを待っていると、彼が傘を持って帰ってきた。そしてあ然とする僕に向かい「貸しな!」と恩着せがましく言ったのだった。

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がりがりがり。耳まで裂けた大きな口で楽しそうに氷を食む狐の化け物。の隣に座った比奈子はカップのアイスクリームを食べていた。安っぽい木のへらでバニラをさっくりと掬っては口へと運ぶ。ここの階段から眺める海が一番好き、と比奈子は言うが、手土産を食べ切った化け物は、いつの間にか消えていた

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ばいばい。あなたの小さな手忘れない。陽だまりみたいに暖かくて、花びらのように柔らかいあなたの手。ばいばい。ばいばい。別れの日に振ってくれた小さな手。わたしはずっと忘れない。だからあなたは忘れてね。私のことなんて忘れて人の群で生きてね。私はこの安らかな森で、あなたを想って生きるから

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ソーセージみたいな指だねって言ってたから食べたのに、ぜんぜんちがう味だった。マシュマロみたいなほっぺだねって言ってたから食べたのに、ぜんぜんちがう味だった。あめ玉みたいなおめめだねって言ってたから食べたのに、ぜんぜんちがう味だった。ほんと、大人ってうそばっかり!

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「新鮮な冷たい布団にごろんと寝転んで、肌触りのいいふわもこ毛布に包まれば、もうそこは天国」
「巣の間違いでしょ。ほらほら、起きてください。干しますから」

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雨がざあざあ音を立てて降りだしたので、軒先に置いてある睡蓮鉢を動かし、雨に当たるようにした。日中の日差しで減った水かさを雨で増やしてやろうと考えたのだ。雨上がりに鉢を覗くと、見覚えのない和金が泳いでいた。首を傾げていると愛猫が「雨の落し物ですよ」と教えてくれた。

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単純な話、僕は彼女が好きである。きっかけは中学の体育祭。部活対抗リレーで最下位予想されていた剣道部を、見事三位にまで引き上げた彼女の勇姿に目も心も奪われた。以降五年間、蛞蝓のようにじめじめと湿気た恋心を抱いている。しかし単純な話、彼女には想い人がいるらしく。単純な話、望み薄だ。


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