18 立冬

電飾のひかりきらきらと、色づくイチョウを絞め殺す

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「春めいてまいりましたな」昼休み、公園のベンチで即席みそ汁をすすっていると、そう声をかけられた。みれば七歳くらいの女の子が立っていた。「そうだね。十二月じゃないみたい」と私が言うと、女の子はまた「春めいてまいりましたな」と言って嬉しそうに笑った。

「おすそわけ」女の子はペンギンの雛みたいにもこもこした服のポケットからなにか取り出し、それを私に差し出した。小さな球根だった。突然の贈り物に驚きつつも、お礼を言おうと顔を上げると、不思議なことに女の子の姿はどこにもなかった。家に帰って調べてみると、それはクロッカスの球根だった。

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膨れたはんぺんが鍋のフタを持ち上げている。またやってしまった。おでんを作る度に気をつけてはいるのだが、たくさん食べたいというシンプルな欲望に毎回背を押され、はっと気づけばこんなことに。具材を入れすぎてしまった、と後悔する私の隣で、いっぱい食べられるね!とほわほわ笑顔で彼が言った。

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ここから逃げたい、と一年中散々泣き喚いていた彼女がついに逃げ出した。最初はなん冗談かと思ったが、僕をすり抜けるようにして走って行く彼女の横顔を見た瞬間、ああ本気なんだと僕は確信した。彼女の背を追い階段を駆け上がる。雨の屋上。彼女が柵を乗り越える寸前に、僕はそのか細い手首を掴んだ。

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迷子のお知らせです。新島夏美さま。赤いリボンのついた麦わら帽子に、青色のワンピース。スケッチブックを抱えた十歳の女の子です。将来の夢は漫画家になること。二十歳の新島夏美さまがお探しです。お見かけになりましたら一階インフォメーションセンターまでお連れ下さいますよう――。




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