19 立夏

全くもって梅雨らしくない青空だった。朝から力いっぱい晴れ渡る空にどっかりと居座る入道雲。洗濯物を干しに外へと出れば、昨日よりテンション高めの太陽が僕の背中を焼く。遠くからジージーと聞こえる虫の声はまさか蝉? 夏の到来を全身で感じた僕は、部屋に戻るなりエアコンの電源を入れた。

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ずっと一緒だと信じていた。あなたとさよならするなんて一度も考えたことなかった。別れは突然になんてよくある台詞だけれど、そんなの私は受け入れられないよ。どうしてってあなたに聞いても、あなたは黙って首を横に振るばかり。「……なんで、なんで今壊れるの?!」

羽根が止まった扇風機と熱帯夜

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気がつくと小舟の上にいた。寝ぼけた頭で船頭にここはどこかと尋ねると、天の河を下る舟だという。見れば確かに星々が数え切れないほど水面に浮いている。船頭は棹を巧みに操って星の渦を見せてくれた。身を乗り出そうとする私に向かい「落ちたら戻れなくなるぞ」と彼は笑いながら恐ろしいことを言った

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「かわいいでしょう」ふんすと鼻を鳴らす妹の手には折り紙の織姫と彦星。普段大事にとってある金と銀の折り紙で、冠だけでなく髪飾りに帯さらにはネックレスやイヤリングなんかもつけて中々にド派手な仕様になっていた。次の日、燃やされる笹と飾りの前で唖然とする妹の姿を僕はすかさずカメラに収めた

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梅雨の、叩きつけるような雨が降る日にはおかしなものが現れる。気がついたのは小学生の時。通学路途中にある神社の軒下で大きな毛むくじゃらが立っていた。近寄っても反応もせず、ただ正面をじっと見ている。不思議に思えど恐怖はなく、大粒の雨が軒を打つ中、私はそれに給食の残りのパンをあげた。

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蝉たちが夏だ夏だと騒ぎ立てる中、私は自転車を漕いでいた。最盛期の山々は弾けんばかりに緑に膨れ、その背には夏の見本のような濃い空と入道雲。太陽は勿論旺盛。道に揺らめく逃げ水を轢く勢いで、私はペダルを踏み込みひた走る。滴る汗を袖で拭い顔を上げると、鳥居の下で手を振る友人の姿が見えた

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妹がスイカ割りをしたいと言うので、優しい僕はスーパーで叩き売られていた大玉スイカを買ってきてあげた。妹は自前の木刀を持ち出し、海に行こうといい笑顔で提案してきたが僕は当然拒否した。そこまで付き合う義理はない。妹は渋々、まさかのベランダでスイカ割りを決行した。警察の到着まであと5分

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窓に張り付く一匹のヤモリ。ぷにりとした白い腹が夜闇に大層目立っている。そいつは飛び交う胡麻のような小虫らには興味はないようで、一攫千金、目の前の小ぶりな蛾を狙っているらしい。そわそわと揺れる尻尾からこちらにも緊張感が伝わってくる。私は食器を洗う手を止めて、その瞬間をじっと待った。

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目を開けるとシロがいた。にゃあと鳴くので、私も起き抜けのくぐもった声でにゃあと返す。彼はまんまるした目をきゅっと細めて、私の手に、脛に、足の甲に、柔らかな頭突きを何度も繰り出してくる。朝ごはんが欲しいらしい。現金なヤツだ、と私は思いながらも、彼のために重たい体を起こすのだった

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「もし仮に、ほんの手違いから僕が彼女を殺めたとして、彼女は僕を責めるだろうか。君はどう思う?僕が思うに、彼女はあの形の良い薄い唇の端をふっと持ち上げて、それはそれは慈悲深く微笑むのだろうと……」
「死者は文句を言いませんし、勿論笑いもしません」
「むう。冷たいヤツめ」


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