20 立春

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ちいさいなあ。ふにゃふにゃだなあ。と思っていたけれど、いまはそれを懐かしく感じます。よじよじとソファを掴んでは、すっくと立つ後ろ姿は逞しくて、日毎あなたの成長に驚かされるばかりです。この忙しく愉快な日々を、あなたは覚えていないと思うと、ほんのすこしだけ、寂しく思えてしまうのです。

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GWの予想外の気温に友人はすっかりバテていた。まだ衣替えをしておらず冬物を着ているので暑いらしい。アイスを買いに行こうと川沿いを歩いていたら突然「あ」と呟いた。止める間もなく友人は川へぼちゃんと飛び込んでしまった。見下ろすと、流れに身を任せる一匹の狸がぷかぷかと腹を見せて浮いていた

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大人になったら猫を飼おう、と決めていたけれど、いざ大人になってみるとそんな余裕ちっともなかった。自分のことで精一杯。時間カツカツのこの生活に、猫のお世話をねじ込んでも、お互い幸せにはなれないだろう。なので私は、猫の代わりになる猫柳なる植物を可愛がることにした。ふわふわ……ぐすんっ

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「かわいそうね」魔女の瞳から涙が零れた。幾粒も、幾粒も。はらはらと彼女の頬を滑り落ちる涙は、砕けた宝石のように儚げに光っていた。月の光を浴びた悲しさは、いつもぞっとするほど美しい。「本当に、可愛そう」慈哀の魔女は華奢な人差し指でそっと涙を拭うと、それに向かって微笑みかけた。

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雨に濡れた冷ややかな風は、君との思い出をより鮮やかに想起させる。ふとした仕草。柔らかな声音。嗚咽。怒り。悲鳴。氷の視線。僕は轟く雷に背を押されるように、君を。暗転。ずぶ濡れ。涙。泥まみれ。あれから一年。日常は至って平穏だ。あの日君を食べた紫陽花は、どの花よりも赤く赤く咲いている。

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喫茶リリアンには他店にはない『サービス』がある。私がこの喫茶に足繁く通うのももちろんそのサービスのため。一番人気のクリームソーダを注文し待つ。すっとテーブルに置かれたコースターには看板猫の写真。さらには肉球のスタンプがぷにりと押されている。私は顔のにやけを止めることが出来なかった


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