雑文log

梅雨の晴れ間に何しましょ。洗濯をしてお布団干して、土用干しにお花の手入れ。それからそれから…。どたどたばたばた、午前中は兎にも角にも忙しい。さてさて、これから始まる昼下がり。あなたと一緒に何しましょ。あなたと一緒に何処へ行こう。澄んだ青空、煌めく若葉、棚引く雲を引き連れて。

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小鍋に牛乳をたくさん注ぎ、紅茶のパックをぽちゃんと投入。火にかけ、じりじりと煮ていけば、綺麗なミルクティーの出来上がり。そうそう、最後に砂糖を加えましょう。どこか肌寒い梅雨の日に、心も体も暖まる、優しい味のミルクティーはいかがですか?

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恋に焦がれる貴女を見たの。夢見心地な馬鹿面で、知らない誰かに恋をして。死に焦がれる私を見たの。今にも砕けそうな躰なのに、貴女が惚気という武器を振りあげるから。嗚呼もう楽にして欲しい。この空虚だった躰に、意味を与えてくれたのは貴女なのだから。始末も貴女がしてください。

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愛しませ。黒鳥よりも艶やかなその黒い髪を。愛しませ。憂いを含んだその瞳を。愛しませ。花びらのようなその唇を。愛しませ。

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田舎。夜。月夜が明るい。お月さまが大きい。星空。数多の光の、星の粒。五月蝿いぐらいの虫の声。鈴虫や蟋蟀だけではない。多種多様な音。冷たい夜風。しんみりと、体の芯まで冷やす風。鳥肌。鼻水。寒さ。冷たさ。山から風が下りてくる。ごうごうと吹きすさび木々の葉をざわざわと揺らす。

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重たい体を引きずるように、畳の上を這い回る。畳の目が擦れようと、肌に傷をつけようと、心中心底どうでもいい。愚鈍な肺が新鮮な酸素を拒否するせいで、けんけんと渇いた喉で咳をする。白茶けた着物から、手足をだらりと投げ出して、死体のように横たわる。天井見上げ、染みを数えて、小さく小さく咳をする。夜風が髪を撫でるので、虫の声する外を見る。星空なんてありはしない。空には白い月が一つだけ。それは死んだ光を乱暴に纏い、無自覚にぼうぼうと笑う。月は生気のない干乾びた瞳で、惨めな私を睨んでいた。

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曖昧隘路に迷い込む。先へ先へと歩いていけば、奥は無いよと烏が告げる。雨降り兎が空を飛び、五色の甘露を降り注ぐ。いつの間にやら視界が開け、広がる草原、朱色の花。きらきら輝く銀糸の束と、ゆらゆら揺らめく絹糸の束が、空を結んで虹をなす。

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春を夏だと嘘ついて。春を冬だと嘘ついて。どんなに逃げても春は春。逃げても逃げても逃げられぬ。ここは尊い春の席。上座に彼を据え置いて、下座に貴方を捨て置いて。舞い散る桜は幾重にも、紙片のようにはらはらと、頭上に漂う花の残り香。春なぞ消えろと嘯くが、心中いかにと詰め寄られ、二の句が継げずに下向き、ちびちび酒を飲むばかり。

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朝顔の咲く朝。朝日が街を焼き切る朝。里芋の葉の上で夜露が輝いている朝。向日葵が太陽を追いかける昼。強い日差しが世界を溶かす昼。蝉の声が頭の上から降り注ぐ昼。月光美人の固い蕾が綻ぶ夜。月の光が野山をさめざめと照らす夜。遠くで牛蛙が鳴く夜。

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撫子の花を、ぶちりと千切りて覚えましょう。
桔梗の茎を、ぽきりと手折りて覚えましょう。
藤袴のささくれは、青い心の証明か。
女郎花の瘡蓋は、拙い心の証明か。
薄の穂を、ゆるゆる揺らして忘れましょう。
萩の葉を、さらさら流して忘れましょう。
葛の根を、じとりと踏みて恨みましょう。

体の内に咲いた花。切っても刈っても枯れぬから、花は私に殺意を向ける。
消極的な私の内臓に、細かい根を張りじりじりと絞め殺すまで。積極的な私の心臓に、太い根を刺しずぶずぶと突き殺すまで。私はあなたを憎みましょう。憎んで憎んで、愛しましょう。矮小な、この心の奥底から。

あなたを愛して、あなたを想う。

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生まれながらに嘘つきの、貴方が囁く恋の歌。誰が信じるものですか。誰が恋するものですか。

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浜に打たれる海の端は、靡くカーテンと同じ色。寄せては返す漣は、走る車と同じ音。群青色した波間から、遥か遠くに離れても。いつもどこかで海を見る。

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白く濁った湯に鮮血を垂らすように。墨色の雲に橙色の月光が滲むように。じわりじわりと気づかぬうちに、周りに馴染む毒でありたい。

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深夜。雑踏。その先にある満員電車。犇めく乗客に絶対零度の蒼炎が纏わりつく。そぞろ歩きの魑魅魍魎。それにつられて歩いて行けば、羊の群れが目に入る。羊は虚を踏み台にし、一心不乱に草を食む。それを追い立てる牧羊犬は、眠れる獅子の腹を食い破り、鼻から尾まで真っ赤か。整然たる星空にうろ覚えの陣を書き記す。ちりん。と、寂しく悲しい鈴のような音が響いた。緊張の糸が溶けるように、じわりじわりと辺り一面が苦界に堕ちる。地面があまりに儚いので見てられず、遠い空を仰ぎ見る。一等星の流星群。人工衛星が不規則に廻り、ぶつかっては消えていく。まんまるお月さまは素知らぬ顔して南の空に。雁の羽音に振り向けば、首吊案山子が踊り出す。深夜。雑踏。満員電車。先に先にと進みませ。そこに何もなかろうと。そこに何かがあろうとも。先へ先へと進みませ。

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花をね、待っているの。
――花?
そう、大きくて立派で、花弁なんてこーんなに大きいの。
――へぇー、そうなんだ。…って、そんなに大きいの?
大きいわよ。こーんなに。この机の端から端まであるのよ。
――何て名前の花?
魔女殺しって言うの。

 少女の唇から紡がれたその言葉は、鋭利な刃物となって周囲のモノに突き刺さる。比喩ではない。これは現実だ。目を疑うこと暇すら与えられずに僕はその状況に飲み込まれていった。ばちり。と、鋭い衝撃音が喫茶店内に響く。聞きなれない音と共に、僕らが座ってた席の数メートル先にあったシャンデリアが落下した。同時に暗転。続いて絶叫。そしてガラスや陶器を壊す不快な音が耳に入る。

私、魔女狩りをしているの。

 少女がいるであろう方向に顔を向ける。目があった、気がした。暗闇なので定かではない。何を。言っているのだろう、と少女に聞こうとしたがそれが言葉になることはなかった。僕は、その少女に殺されてしまったのだから。

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青年は、帰宅途中にとある園芸店に立ち寄った。そこで偶然にも、見たこともないほどに形の良い綺麗な葉を付けた謎の鉢植えと出会ってしまう。店主に種類を聞いてみたが知らぬ分からぬと言われ、好奇心からその鉢植えを購入することに。そうしてそれを、日当たりの良いベランダに置いて毎日世話をしていたが、これと言って変化はない。何か月か経ったある日、青年は鉢の植え替えをしようと思い立った。その謎の植物を鉢から引き抜き余分な土を落とす。と、眼があった。信じられないことに、それは眼球から生えていた。

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バジルの香りがしました。思わず食べてしまいたくなるような。トマトとチーズによく合いそうな。爽やかで、濃くて、匂いなのに風味のある、いい香りでした。

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真冬の朝の澄んだ空気は、天上に咲く清廉な蓮の花から生み出されるのです。

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 こんなにも真っ暗な部屋にいると、後ろ向きの事ばかり考えてしまう。そうして次第に、過去の記憶がいっぱいに詰まった、思い出の引き出しを開けてしまうのだ。
 自発的にやってはいないはずなのに、能動的とも言い難いその行動を、いまだに僕は抑制することが出来ない。二十数年生きてきているのに、僕は自分を思い通りにコントロールする術を知らないのだ。
 だから、開けたくもない引き出しの取っ手に手をかけてしまう。顔を背けようとしても、重たく静かな負の思考が僕の行動を絡め取ってしまい、自分の意志ではぴくりとも、動けなくなる。そうして、開けたくもない引き出しを開け、見たくもないものを見てしまうのだ。

 引き出しの中にあるのは思い出したくない記憶。消化不良のままいつまでもそこにある記憶。そんなものが、いやに整然と、時を経ても依然と、丁寧に仕舞われている。
 そんな記憶の塊を、まじまじと見てしまう前に僕は首を振り、どうでもいい、と暗示を口にする。

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梅雨空を、かき集めてかき集めて、大きな綿菓子にしたいのです。すこし湿ったような味わいで、口を付ける前に、端々から溶けて消えていくような、そんな綿菓子にしたいのです。

楽しいときには、蒼い青い空色の砂糖を混ぜこみましょう。
悲しいときには、銀色のアラザンを振りかけましょう。
嬉しいときには、虹色のリボンを巻きつけましょう。

きっと、私が夢見る綿菓子屋さんは、梅雨の、ひと月限りしか開店できないでしょう。仕方ありません。だって、新鮮な梅雨空が広がる日々は、この時期だけの、特別な物なのですから。



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