log2

旅の弁当に何詰めよう。赤いウインナー、卵焼き。おにぎり、きんぴら、とりのからあげ。貴方の好きな物詰めよう。貴方が喜ぶ物詰めよう。子供のような笑顔の為に、動かぬこの手を動かそう。

黄泉の旅路の最果てで、貴方は待っていてくれますか。
老いてしまったこの私を、貴方は見つけてくれますか。

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夏。暴力的な熱が無慈悲に降り注ぐ。アスファルトからは陽炎が立ち上り、遠くには逃げ水が出来ていた。そんな学校からの帰り道。私は一直線に家へと帰る。
玄関を開けると、外より幾分か涼しい。我が家にはクーラーなんてもの無かった。あったのは扇風機だけだった。
水道から出る水が冷たくて、何度も何度も手を濡らす。背伸びをして開けた冷凍庫からアイスを一本取り出した。台所の窓を開け、網戸越しに空を見る。逞しい入道雲。空を切る飛行機雲。青の絵の具で塗りたくったような濃い青空。風は温くて、青草の匂いを乗せていた。湿っていて、生暖かいその風は、まるで太陽の子供のようだった。

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沈みかけの夕日が私の影を長くする。橙色の太陽が、ずるずると夜の色を引き連れて下へ下へと落ちていった。夕暮れ。公園。一人きり。だんだんと群青色に染まるこの空は、一人ぼっちの私を飲み込もうとする。一番星を見ると、眩暈がした。堪らずペンキの剥げかけたブランコに腰を下ろす。下を向けば、涙が零れた。
さっきまで。ほんの少し前までは。私は貴方と一緒だったのに。私は貴方の恋人だったのに。もう貴方の恋人として、貴方の愛する人として。二度と、話すことが出来ないのなら。私は。わたしは。

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未熟な桃の柔肌に、そっと爪立て汚したい。
溢れる乙女の純潔に、そっと唇寄せてみたい。

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翅を千切りてひらひらと。脚を千切りてぽろぽろと。蝶は段々ごみと成る。蟻に咬まれてわらわらと。四方へ四方へはらはらと。散りゆく姿は花のよう。食わるる姿は花のよう。

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桜が潔いだなんてあるわけないでしょう?一年草ならまだしも樹木相手になに言ってるの?私の樹齢はご存知かしら。ああそこの木札に書いてあるわ。そう四百年。四百年生きてきたの。そんなに生きる樹木と、必死に生きて百年そこらの人間なんかと一緒にしないでほしいわ。
あのね、私たちは毎年咲くのよ。毎年花を咲かせて、毎年散っているの。だから、人間の人生と一緒にしないで欲しいわ。桜のように潔く死ね、だなんて意味が分からない。私たちは来年のために、成長するために花を落として葉を茂らせるの。花が落ちたからって死ぬわけないじゃない。そんな事も分からないなんて。

「人間って馬鹿なのね」

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硝子張りの空はたった一つの石で壊れてしまった。この世界は私が想像しているよりも遥かに、酷く曖昧なのだろう。
落ちてきた破片は、光となって私を襲う。その光の群れは、形もないくせに、とても、とても、鋭くて、私の肌を、ずたずたに引き裂いた。

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零れたみそ汁。食べかけのアジの開き。散乱するほうれん草。踏み潰された卵焼き。乾いたご飯粒。手を合わせて、いただきます。

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生を愛せと彼女が言った。だから俺は、今日もこうして生きている。

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愛し君へ。時雨が白池に波紋を残し、蛙がぴちょりと跳ね回るこの様を、いつか君と眺めたい。今は遠くにおりしとも、何れは寄り添い、その優しい温もりをこの肌に感じたい。

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灰に。桜に。紋白蝶。白の破片が降り注ぐ。黒い街へと降り注ぐ。降れよ。隠せよ。白へと変えよ。全てを全て、覆って返せ。

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薄宵に 天を捉えし 上つ弓張
曙に 大地を穿て 下つ弓張

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小さな鍋の中で、お湯と一緒にくつくつと煮える里芋に、醤油と砂糖で味を付ける。1Rの狭い台所に、煮物の甘辛い匂いが漂い始めると、私は決まって母の横顔を思い出してしまう。実家の、使い古しの台所と、そこに立つ母。私はきっと幾つになっても、その風景を思い出すのだろう。

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「お母さん。あのね、お母さん。わたしね、すごいこと知ってるの。あのね、あのね。お母さんがね、コーヒーにおさとう入れるでしょ?そのときにね、音がするの。知ってた?ざわわって、雨がふってくるときみたいな音がするの。ねえお母さん、おさとうって雨なのかな」

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あそこを歩いているあの人も、その人も、全員。そう、人類全員だ。勿論君も、僕も、キチンと生きちゃあいないんだ。皆死んでる。心臓が動いているじゃないかって?そんなことは生きている証明にはならないよ。生とは何か、君は考えたことはあるのかい?…まあいい。その話はまた今度にしよう。兎に角、この世界中で蠢いている人間と言う生き物は、生き物として考えれば屍と同義だよ。ただ、人間だと言い張るナニカの皮を被って、うぞうぞと、胡乱に動いているだけなんだよ。だからそれを、生きているだなんて表現してしまうと他の『生き物』に失礼だろう?だから僕らは生きていない。そう言うしか他にないんだ。

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母の作るケーキが嫌いでした。お店で買うケーキと違って、なんだかずんぐりとしていて、味も重たくて、見た目なんて全然綺麗じゃなくて。ですが、一人暮らしをするようになって、好きな人が出来て、彼氏が出来て、夫が出来て、子供が出来て。そんな風に十数年がするすると流れ、その流れが緩やだと感じるときに、ほんの、ふとした瞬間に、あの母の味を懐かしくなる時があるのです。ぼってりとした白いクリームの上に、宝石のように輝く赤いイチゴが乗った、あのケーキの味を。

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幸せとはなんでしょうか?
私なんかは幸せという物を知りませんでしたので、無知ながらに試行錯誤しながら、その答えを探していました。
そうしてようやく、『幸福の時間』という物を手に入れることが出来ました。

私は、

愛する人を絞殺する瞬間に幸せを感じるのです。
下から上からと、漏れ出す液体の匂いを嗅ぐことで幸せを感じるのです。
力無くだらりと投げ出された手足を切り刻む瞬間に幸せを感じるのです。
鋸を使い、汗まみれになりながら頭部を切り出す瞬間に幸せを感じるのです。
細切れにしたその指に、舌を這わせることで幸せを感じるのです。

幸せとはなんでしょうか?
あなたにとっての幸せは、一体なんですか?

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態とらしい空の色。偽物のような日差し。庭に咲く造花。嘘吐きの毎日。狂った昼夜。ぐちゃぐちゃ。私の日常はあなたに食べられました。ぐちゃぐちゃと音を立てて。
矢張りあなたの死は、小さな私にとっては大きすぎるようです。

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彼には腕がありません。正確には、人間の腕がありません。
彼が持つ腕は、歪な金属の形をしています。そしてその金属の隙間を埋めるように、大小さまざまなチューブが編み込まれ、更にそのチューブを覆うように、金属の至る所からどろどろとした黒い油が流れています。
その腕に体温はありませんし、感覚さえもありません。
それでもその金属の腕は、彼の腕なのです。

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雪が降りそうな空の下で、私はただ、そこに立って待っていました。人を待つ時間というものは、どうしてこんなに長く感じるのでしょう。人ごみを見続けるの事が恥ずかしくなるぐらいに、私は待ちました。時計の針のスピードが、もどかしくなるぐらいに、苛立つほどに、私は待ちました。

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私は猫の子、子猫の猫の、猫の子、子猫。
猫は人の愛を知りませぬ。人は猫の愛を知りませぬ。擦れ違いのそのままに、愛し愛され、愛に愛を愛として。それを愛と呼びますれば、きっとそれは、愛へと成るのでございましょう。例え相互の愛の意味が重ならぬとしても、それは愛なのでございましょう。

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新春と呼ぶものは一月であるし、当たり前の事だが、一月はまだ寒い。二月になってもまだまだ寒い。何を持って新春と言っているのか僕にはフンコロガシの毛ほどに意味分からない。一月の地点では新年ではあるだろうが、新たな春は来ていない。春という物は、かちんこちんに縮こまった体を端々から解く様な、ほっかりとした温泉のようなものでなくてはならないのではないか。なにが新春か。陰暦がどうのと言われてもピンとくるわけがない。僕が今の今まで生きてきたのはグレゴリオ暦の中なのだ。

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がさがさと 青田の波を かき分けて 遊ぶ童子に 重ねる面影


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