20 立夏

朝、玄関先に河童が倒れていた。大雨で山から流されてきたらしい。母を呼ぶと「目が覚めたら勝手にどこかへ行くだろうから関わらないように」と釘を刺された。私は河童を踏まないように、そろそろと避けて歩いた。すると、急に足を掴まれた。叫びながらつんのめる私を見て、母はため息をついた。

***

共に生き 共に死のうと 言ったから 共に殺そう 手と手をとって
園児越え つんと飛び行く オニヤンマ
まっさらな 網をふりふり 駆ける子を 囃し立てるは 勝気な蝉ら
夏木立 影る稲荷と 石畳 社のぬしは 今日も不機嫌

***

連日の曇り空にいい加減嫌気が差してきたシイナは、明朝旅立つことを決めた。宿屋の主人にそう告げると、「あぁ、そうかい。惜しいねぇ、実に惜しいねえ」と残念そうな顔をした。出発の朝。ユマはシイナのあとをついて行きながら「もうすぐじゃないですか。梅雨明け」「飽きた」「えー」

梅雨明け予想日から一週間も待ったのだ。これ以上は待てない。シイナは残念そうなユマの顔を見ることもなく先を行く。五連の虹のアーチが街にかかったのは、小高い丘についた頃だった。虹の大橋。薄雲の欄干。純白の衣を纏った天女たちが微笑み渡る。太陽の花を地上へと振りまく様子を二人は遠くに見た

***

夏は嫌い、と彼女は言う。鄙びた喫茶店で窓辺の席に座り、憎らしいほど青い空を時折睨み上げながら。僕は呆れる。冷房の効きすぎた店内で優雅に足を組んでクリームソーダと戯れる彼女の姿は、誰よりもこの夏を堪能しているようにしか見えない。「ねえ」黒髪が憂鬱そうに揺れる。「早く殺して」

***

帰りしな、先輩に呼び止められた。先輩は帰省土産だどちらかやろう、と大きな紙袋と小さな紙袋を差し出してきた。舌切り雀か。慎重派な僕はセオリー通り小さい方を選ぶと、先輩はつまらなさそうな顔をして去っていった。自宅に戻り早速中身を確認してみる。中には反魂香と書かれた箱がひとつ。使えるか!

***

僕が住む田舎には風変わりなルールがある。ひとつ、社にいなりを供えてはいけない。ふたつ、山に挨拶をしてはいけない。みっつ、川で西瓜を冷やしてはいけない。よっつ、向日葵を持って走ってはいけない。といったようなルールがまだあって、僕は夏休み初日に全部破ってみた。さて、なにが起きるかな。

***

空に向かって「おーい」と叫ぶと、不思議なことに「おーい」と返ってきた。僕がびっくりしていると、空が「夏はどうだい」と自信たっぷりに話しかけてきた。「暑いからいやかな」空はしばらく黙っていた。怒ったのかな。すると遠くから、そそそっと申し訳なさそうに雲が流れてきて、太陽を隠してくれた



×/ 戻る /top