21 立春

 
欠伸をして空を泳ぐあの龍は曾祖母が育てたらしい。町でやけに世話を焼いてくる三毛柄の猫又は祖母のことを命の恩人だと敬愛している。近所のお稲荷さんはなぜか母を娘のように慕っているし。はあ。つまらない「私もそんな不思議な体験したい…あっ、ちょっと、笑わないでよ!私真剣なんだから!」

***

葉から雨粒をすくい上げることは、大層難しい技なのです。蝸牛は蛙に向かって得意げに言いました。蝸牛はきらきら光る雫玉を自慢の技で丁寧に集めてみせます。ですが蛙は興味が無いようです。ふわあと欠伸をして梅雨空を見上げています。蝸牛はちょっぴり悲しそうな顔をして、雨粒を蛙に投げつけました

***

森を焼いた人の子を、神様はお許しになられました。というか、そんな瑣末な事柄に興味がないのです。なるようになれ。それがこの世の神様のお考えです。しかし森を焼かれた動物達は人を許しませんでした。目に宿る復讐の炎は幾世代も引き継がれ、千年後に漸く成し遂げられました。めでたしめでたし。

***

軒から雨水がぼたぼたと音を立てて落ちている。どうやら雨樋が詰まっているらしい。小雨になった頃合に(危ないとは思いながらも)梯子をかけて樋を覗いてみると、枯れた枝葉が溜まりまるでダムのように流れを堰き止めていた。そう息子に話すと「もしかしてビーバーがいるの?」目を輝かせて聞いてきた。

***

梅雨の晴れ間。久しぶりに枕を干すと、陽の光から逃げるように黒い羊が枕から転がり出てきた。手のひらサイズでぬいぐるみのような見た目をしているが油断してはいけない。黒い羊は夢見を悪くするのだ。私はすぐにそいつを専用の石鹸で洗い干した。黒い羊は白い羊になって、また枕の中に戻っていった。

***

「なあほらこっちを見てご覧よ。俺がこんなにも唇をつんっと突き出して、おまけに頬はぷりぷりと膨らませてるのに。どうだい、こんな拗ねた俺はみたことないだろう?だから邪険にするのはよしておくれ」そういって彼は頭に茂ったポトスの葉をわさわさと揺らした。植木鉢頭の貴方には唇も頬もないくせに

***

やけに喉がカサカサすると思ったら、乾燥警報が発令されていた。知ってしまうと余計乾燥した気がする。皮膚もなんだかハリがない。至る所が乾いている。頬や首を掻くと白い粉がふいた。手足の先は白っぽく浮いて、剥離している。目や関節周りはとうにボロボロだ。私は意を決して古い皮膚を脱ぎ捨てた。



×/ 戻る /top