屋上

 
 席替えで窓際の席へと移動した日のこと。意味無く空を見上げていると、きらきらと光るものを見つけた。糸のようなものが垂れ下がっていた。
 それはつうっと垂れ下がっていて、私は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出した。カンダタが見た蜘蛛の糸もこんな風だったのかもしれないなあ。あれに手を伸ばせば極楽に行けるのだろうか。
 なんて考えながら、風に揺れるそれをのんびりと眺めていると昼休み終了の予鈴が鳴り響き、私は現実へと引き戻された。不思議なことにその糸は、予鈴に驚いたかのようにしゅるしゅると上へとのぼっていった。
 クラスメイトに今見たことを説明してみると、特に不思議がることなく、なんなら真相を教えてくれた。どうやらあの糸は隣のクラスの新高という男子生徒の仕業らしい。昼休みの時間になると必ず屋上、つまりこの教室の真上で釣りをし始めるのだという。

「関わらない方いいと思うよ」

 心優しい友人は眉をひそめて忠告してくれた。のだが、暇な私はなんだか面白そうなやつだと思ってしまった。
 次の日の昼休み。当たり前のように垂れている釣り糸に、いつも通学カバンに忍ばせているお気に入りのキャンディーを結びつけてあげた。
 ぴっぴっ。と釣り糸を引っ張って、餌に食いついた魚の真似をしてみると、待ってましたと言わん勢いで、屋上の釣り人はすかさず釣り上げた。

「おおっ!飴が釣れた!」

 上から聞こえたのは驚きの声。それから吹き出した様な笑い声。それがなんだか嬉しくておかしくて、つられて私も笑ってしまった。
 それからヘンテコなやり取りが始まった。おすすめのお菓子を結びつけてみたり、時には手紙をつけてみたりもした。内容は取り留めのないことで、眠いだとか、授業が分からないだとか、食堂のチャーハンが美味しいだとかそんなどうでもいい話。
 新高くんもたまに返信をしてくれた。返信と言っても手紙へのリアクションをくれる訳ではなく、あちらもあちらで好き勝手な内容を走り書きした手紙を上から垂らしてくるだけだったが、それはそれで面白かった。

 まさかこんなしょうもないやり取りが、卒業式の前日まで続くだなんて思ってもいなかった。新高くんのおかげで楽しい昼休みが過ごせたので、最後は面と向かってお礼を言うことにした。さて、彼はまだいるだろうか。


×/ 戻る /top