空を結ぶ

 
 起床後すぐに、ナグモはドアの隙間から差し込まれていた朝刊を手に取った。恐る恐る紙面を覗き込んでみると、目に飛び込んできたのは「明日こそ!!!」と大々的に書かれた文字。ナグモは盛大にため息をついて、椅子に腰を下ろした。そして寝癖頭をさらにぐしゃぐしゃに乱した。
 宿泊していた部屋の窓の外からは昨日と同じ激しい雨音が聞こえている。ざあざあ。途切れることのない雨の音。それから。ぐうぐう。旅の同行者リウの寝息の音。
 また今日も、梅雨は明けなかった。
 ナグモは固く決心をした。明日の朝旅立とう。

 宿屋の主人にそう告げると、「あぁ、そうかい。惜しいねぇ、実に惜しいねえ。あとほんのちょっとで梅雨明けなのに」と心底残念そうな顔をした。
 この街には『祝福の光』と呼ばれる世にも珍しい虹が現れる。そんな話を聞いた二人はーーナグモとリウはこの街にかれこれ一週間ほど滞在していた。
 その、虹は梅雨明け当日に決まって架かるらしいのだが、肝心の梅雨明け日の予測が非常に困難らしく、明日は梅雨明け、と新聞にはっきりと書かれていたはずなのにいざ当日になるとまた明日、なんて悪びれもなく堂々と宣言している始末だった。
 自然現象であるため予報の通りにいかないのは仕方がないことだと、初めこそ余裕を持っていられたナグモだったが七日連続で延期されるとさすがに気の長い彼も参ってしまった。湯水のように手持ちの金があるのならば優雅に待ってもいられるが、生憎このふたりはだらだらと逗留できるような潤沢な資金を持ち合わせてはいなかった。

 出発の朝。リウは先行くナグモの背中を追いながら口惜しそうに問いかける。

「宿屋のおっちゃん、もうすぐだって言ってたけど。梅雨明け」
「さすがにねえ。これ以上はきついかな。はは……」
「ちぇっ。せっかく来たのに」

 拗ねた顔をして横に並んだリウの頭を、ナグモはぽんとひと撫でした。今にも雨が降り出しそうな曇天の中、ふたりは後ろ髪をひかれながらも街を後にした。
 五連の虹のアーチが出現したのは、街から少し離れた小高い丘に到着した頃だった。
 リウは驚きの声を上げ、まっすぐな目でそれを見つめた。ナグモは急いで背負い袋から双眼鏡をふたつ引っ張り出して、リウにひとつ渡す投げ渡した。

 かの街を横断する五連の虹。虹へと降り注ぐ陽光の粒子はまるで、祝福するかのようにきらきらと光り輝いている。薄雲の欄干。七色のたいこ橋。
 純白の衣をゆったりと纏った天女たちが、虹の上を微笑みをたたえゆっくりと渡っていく。
 その柔らかな微笑みの先には、住民たちの笑顔があるのだろう。人々の期待に応えるように、天女たちは街の中央ほどではたと止まり、太陽の花を地上へと振りまいた。オレンジ色の花びらが、雨のように街へと降り注いでいく。皆が待ち望んだ夏の訪れ。長い長い梅雨は去った。街を揺らす喝采が、二人にも聞こえたような気がした。

「うわー、今日だったか……。もっと近くで見たかったな……」
「まあまあ。また来ればいいじゃん。な?」
 


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