色鉛筆/四つ葉のクロバー
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 手近に広げていた巻物が、そろりと揺らされて、殺風景な日陰の書斎に風が入る。
 机の上には次々と書物が積まれていった。往年の読み漁った資料を、整理する名目で、棚の片端から本を取り出していたネジは、手にした一冊の表面を軽く払って、中身を開いた。多少の埃臭さはあるも、大凡綺麗に保管されている。頁を捲ると、細密に書き込まれた己の筆記が随所で見受けられた。
 ひそやかに、思い出の深層に精神を旅立たせているうち、風に白い頁が捲られていく。その中で、ぱっと目に入った鮮やかな色彩に、ネジは指先で紙を押さえる。
 これは――――。
 初めて見たような感覚は、だがやがてじわじわと、鮮明に色付いていって、長い間預けていた記憶をネジに返してくれた。









『幸運のクローバー、一緒に探しに行こうよ』

 良く晴れたある日、そう言って突如自宅に押し掛けたハナビは、薄暗い書斎に閉じ籠もっていたネジを強引に明るい場所に連れ出した。
 緑の息吹く里を通り抜けると、三つ葉クロバーの絨毯の広がる所に辿り着いた。ハナビが足を踏み入れて、そのひとつを摘み取って説明する。
 これの、四枚葉っぱがついたものを、探すの。分かった? それじゃあネジ兄さんはあの辺からね! 
 突っ立っているネジを持ち場に連れて行くと、ハナビは草の真ん中でしゃがみ込んだ。
 何故自分なのだろう。純粋にそんな疑問が浮かんだがハナビは忙しそうだった。ただ、見つけてどうするのかと、その稀有な収穫物の用途を横顔に尋ねてみるが、ハナビは満面の笑みを向けるだけだった。
 次はこっち、次はそっちと、ハナビの出す無茶苦茶な指示にネジは為す術もなく従った。もう、此処にはないのではないか。薄々そう感じ始めていたが、大きな希望に水を差すようで言い出し辛かった。
 ハナビはまだ奮闘したがっていたが、直に陽が傾いて、探索が困難なものとなり、その日は諦めざるを得なくなった。名残惜しそうに日の落ちた原っぱを眺めていたハナビは、見兼ねてネジが頭を撫でるととぼとぼと歩き出した。

 どうしても欲しがっていたハナビの為に、彼女が消沈して帰ってから、ネジは隙間を見つけては足繁く草の茂る場所に通った。
 その後何日も掛けて、やっとのことで見つけ出したのだったが、折角のそれは渡せずじまいとなった。あの頃中忍になって間もないネジの元には、それまでの倍の量の依頼が舞い込んでいた。日々増えてゆく膨大な資料の中に、いつの間にか大切な記憶と一緒に紛れ込んでしまった。

 そういう経緯もあり、如何やら今まで、ずっとネジの傍にあった。
 本から持ち上げた四枚の葉クロバーは今も青々としていて、何故だか彼女が齎した御守りのように思えた。



 窓辺から爽やかな風が入り込んで、手元の葉が柔らかく揺らされていく。
 四角く切り抜かれた窓の外は、明るい陽射しが新緑の木々に降り注いでいる。月日が経っても、いつの頃もそう景色は変わらぬものだ。あの頃も、丁度、こんな陽気であった。
 ネジの袖を引っ張っては、原っぱを連れ回した彼女の、燥いだ笑顔が目映く蘇った。



四つ葉のクローバー/【希望・信仰・愛情・幸福】


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