うたた寝
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 つい先刻まで仰いだ空の、晴れやかな青と白の残像がすぐそこに浮かぶ。
 穏やかな陽光をたっぷりと含んだ、風の抜ける草むらに手足を投げ出せば、いつしか意識は雲間へと高く。

 そよぐ風の合間に、微かに自分を呼ぶ声がする。少ししてから、燦々と注ぐ日差しを遮って、リーの貌を覗き込む気配がした。
 舞い上がったかもしれない長い髪の先が、いたずらに頬を掠めていって、リーは軽く首を逸らす。何やら子供染みた仕草にやわらかく微笑まれる、そんな気がしたが、もうそういう夢かもしれない。考えることが難しくなってきて、リーは都合良く解釈すると、至近の人を置いてまどろみの空へと身を委ねた。





 僅かな時をとろりとして、寝返りを打った折、目映い白さの装束が目に入った。リーの隣に何食わぬ貌で横たわる、無防備にして清艶な人。
 慎ましく手首を、寝息の傍に揃えて、陽の透く睫毛に脆さの憂いを秘める。普段は隙のない冷たさを孕む、語調と態度を仕舞うと、途端にあどけない脆弱さが生まれる。こんなことを言えば、馬鹿にするなとネジはムッとしそうだが。
 リーに付き合っているうちに、待ち草臥れてしまった。どうやらそんな風に読めて、リーは悪いと思いつつも眦が優しくなる。起こされなかった心遣いが色彩を纏って、この目に浮かぶようだ。
 だからそうやって、リーもまた同じように、黙って見守ることを密かに選択したのだったが、その矢先。不意に開いた白眼がリーを射抜いた。

 明るい空色を乱反射する、虹彩プラチナの交わるぎりぎりのところで、リーの視界は遮断された。
 咄嗟に閉じてしまった瞼の裏側で、息が止まるほど典麗な眼差しを受ける。若しかして、最初からずっと起きていたのだろうか。勘繰っているところで、衣擦れの音が近くでして、リーは思考を投げた。


…………何しているんですか? ネジ…………。
 思わず問いたくなる、リーの頭を占める疑念は、答える者もなく空しく彷徨う。視覚に頼れない現在、おおよそそれは感覚でしかなかったが。果たしてこの奇妙な息苦しさの訳は。
 予告なく伸ばされたネジの指先に、多分リーは鼻を摘ままれている。実のところこの一瞬、ネジが自分に、唇を寄せるのではと過ぎっていたが、とんでもなかった。弱齢にして日向の体術を極めるネジは、おおよそ生真面目な人物と見て取れるが、時折リーが理解に苦しむことをする。
 驚きに疑問符塗れで、訳が分からないうちに、徐々に酸素欠乏となってリーは本能的に眉を顰める。すると、微風に撫でられる軽やかさで、ネジの手が、そっと離れていった。


 再び、長閑やかな時間がおとずれて、周囲の音が戻ってくる。と言ってもただただ草木が揺れ動く様は、とても静かだったけど。
 どっと汗を掻く緊張が去りゆき、リーはまたまったりと微睡みの陽に浸かる。そうして意識を溶け込ませながら、何気なく至近の気配に耳をそばだてていた。
 もしネジが、リーの反応に何らかの期待を寄せていたのだとするならば……自分はさぞ詰まらない男だったかもしれない。などときちんと自己省察するリーは、ネジより余程生真面目なのだろう。
 何れにしろ今となっては、真相はかの夢へ。片方の瞼の隙間からちらと、宛ら予感を伴ってリーは覗く。
 リーに戯れていた、片手を投げ出して、ネジは満ち足りたように寝息を立てていた。



うたた寝に寄り添うひとの春のゆめ


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