あなたが好きです
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 端から見れば仲の良い兄妹のようだった。巻物を開いて懇切丁寧に内容を指南するネジと、その指先を目で追いながら難解な忍術書の手解きを受けるヒナタ。ネジの使うヒナタへの敬称を除けば益々二人には宗家分家の隔たりを感じさせない。
 時折ネジに気遣うように見つめられて、ヒナタのはにかんだ笑顔が花ひらく。あの曲曲しい中忍試験が嘘のようである。時間を掛けて少しずつ打ち解けてきた、お互いの明るい変化に、ナルトは探偵宜しく指二本で顎を挟みつ考え込む。
 鈍いというのはこのことである。少し前まで自分にもそんな調子であったのに他人のそれには目敏く気付く。ナルトがそうなのだから余程分かり易いのだろう。
 今度ヒナタが赤面してもじもじとしている相手はネジだった。

「ヒナタってばもしかして」

 少々野暮なその存在は二人の楽しげな授業おしゃべりを途切れさせた。余計に詮索されたくはない機密情報に、思い当たった節のある名探偵の推理は如何に。

「もしかして、ネジのこと好きなのか!?」

 青空に突き抜けたその声に、青色に鮮やかに映えるほどヒナタの顔面が紅潮した。これでは問い掛けに頷いてしまったようなものだ。

「バカッ、ナルト!」

 怒号と共にボカンと重い一発が金髪の脳天に減り込む。目の玉から星を出しているナルトを冷たく一瞥するサクラもまた、その行動から察するにヒナタの気持ちを軽く心得ているようだ。炸裂させた拳を仕舞う間もなく、サクラは心配そうにヒナタを見遣る。

「ヒナタ……あの………大丈夫?」

 シン……と静まった演習場で、遠慮がちに向けられる碧い目の女神の慈愛はヒナタの傷口をより広げた。しかも顔が若干引き攣っている。返答を探して視線を彷徨わせれば、側にいるネジと目が合って、ヒナタは堪え切れずにその場から走り去った。

「ふ……ふえぇぇん」
「ヒナタ様!」

 咄嗟に呼び掛けるネジの声をも振り切って、ヒナタはそのまま行ってしまう。涙を撒き散らす健気な後ろ姿を、ネジは沈痛な面持ちで見つめて……物言わぬ彼の周囲が不穏なオーラに包まれていく。
 唯一無二の大事な従妹を泣かせた罪人には、ネジが制裁を与える。

「ナルト、貴様……! よくもヒナタ様を……」
「でえええ、ま、待てってネジ、それは……」

 固く握り込んだ拳を開いて、独特の構えを見せるネジにナルトの声が裏返る。今のはネジの所為じゃ……と意見しようとも恐ろしく目が据わった今のネジには多分何も聞こえていないし止まらない。
 柔拳法……と低く唸る声付きが、観想念仏するナルトを追い込んだ。







「……ヒナタ様」

 暫く間を置いて、そっと側に来た存在に、ヒナタは返事もできずに抱えた膝をぎゅっと引き寄せる。どんなに独りでいたくてもネジは迎えに来てくれた。修行が辛くて逃げ出した時、ヒナタの手を引いてゆっくりと歩き出したいつかのネジが重なった。
 泣いて赤らんだ顔がヒナタは気になって、頬を指先で擦った。後ろからその仕草をひっそりと見守って、ネジはヒナタの傍らに膝をつく。

「ヒナタ様、安心してください。ナルトには、八卦六十四掌で、きつく灸を据えておきましたので」
「ええ!?」

 気まずいことなど頭から吹き飛んで、思わず振り向いたヒナタの眼前には、激情の欠片もない涼しげな貌が晒されていた。とてもそんな術を繰り出した後とは、思えない風貌なのだが……平和を愛するヒナタは第一そんなこと望まないし、衝撃に辟易してしまう。
 言葉を失ったヒナタの横に、ネジは腰を下ろした。夕刻に差し掛かる時分、肌を撫ぜる風は涼しく居心地が良かった。日が落ちるまでの寸刻に、ネジは何か話をしたそうだった。

「………ヒナタ様。さっきのことですが」

 ヒナタ同様、膝を抱えて河原の前景を眺めていたネジは、ヒナタの心臓を跳ねさせた。また顔の火照りがぶり返してくる。

「さ、さっきの……!? は、ええと、ち、ちがうんです。あの、ナルト君が言ったのは……」

 願わくば聞かなかったことに、していて欲しかった。慌てふためいて弁解を考えるヒナタだが、ネジは意外そうに目を開いた。

「……違うのですか?」
「ち、ちがうというか……? え……と……? ち、ちがくはないんだけど……?」

 何だかネジの態度に混乱して、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。違うと言うのは不味いのだろうか。つまりは何と言うべきか。
 ヒナタは、つまり、ネジのことを――――。
 ネジはというと、そんなしどろもどろのヒナタの必死な様子を、いつの間にか微笑ましく見守っている。

「違うことはない。そうですか。なら良かった。オレもヒナタ様が好きなので」
「は、はい、私もネジ兄さんが……えっ!? す、すき?」

 何気なくサラッと告げられたそれに頷き掛けて、ヒナタははっと我に返る。何かさっきから、上手くネジに誘導されている気がする……それともヒナタが焦っているだけなのか。おずおずと夕陽を受ける貌を盗み窺うと、ふわりと笑い掛けられた。

「ええ。オレもあなたが好きですと、伝えに来たんです。嫌われていなくて、良かった」
「そんな……嫌うだなんて……」

 思い掛けぬ言葉を投げるネジは、そよ風に目元を緩めて、その行き先を静かに辿る。
 今でも暇を見つけてはヒナタに修行をつけてくれること。柔拳の秘術を体得したネジがいつもヒナタの憧れであること。日を追うごとに丸く、優しくなっていくネジに。
 いつしか毎日惹かれるようになった、この大切な気持ちはこれまでヒナタだけのものだった、のだけど。
 嫌う筈がないというささやかな意思表示に、ネジはやはり満足そうな顔をした。

「同じで良かった」

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(アイノカンザシ 3周年記念SS)




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