Temperance
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 傍らにあるグラスにティーポットを傾けられて、カカシは窓の外の景色から視線を戻した。
 静かに注がれる透き通った水の、緩やかな流れをあやつるその手元は、いつも丁度良い加減で離れていく。
 ふたつめのグラスも同じ要領で満たされるのを見守って、カカシはゆっくりと一口含む。ひやりとした心地良い清涼感が胸に染み渡り、吐息のあと不意に言葉がこぼれた。

「明日……」

 グラスに浮かんだミントの葉がさわやかな緑風を連れてくる。日当たりの良い窓辺のテーブルで過ごすささやかな日常。そこから目に入る、毎日世話をされた鉢植えの植物。きっと誰よりも自分はこの世界を愛している。

「サクラに言っておきたいことがあるんだ」

 ティーポットを持ったサクラが動きを止める。中身のうかがえる洒落た入れ物は、窓から入る光を反射して、湖畔の水面のようにゆらゆらときらめいている。

「明日……? 今じゃなくって?」
「いや……明日がいいな……」

 きょとんとした翡翠の瞳が、まるで何年も前にカカシを見上げていたあどけない頃に戻る。こんな風に時を経ても一緒にいるなんて。まるであの頃は知り得なかった。
 不思議そうにカカシをうかがうサクラは、ただもう明日のことしか考えていないようなその自由さに、笑みを浮かべる他なかった。

「分かったわ」



――……明日……何かしら……。

 そよ風が窓辺のミントをそっと揺らす。淡く期待の混じるささやきとともに、白い指先がグラスを持ち上げた。唇が水を得るまでのしとやかなその所作から、カカシは一瞬も目を離さなかった。
 今はまだ誰も選びとってはいない、その手を、君をこうして眺めるのも今日が最後なのだ。

 この穏やかな日々が永遠に続くように。サクラよりも多くを知り多くを生きるカカシは常に達観し、無欲だった。何事も急ぎ過ぎてはいけなかった。随分と中庸でいた自分はそんな満ち足りた日々に浸かりすぎていたのかもしれない。
 ときには明日のように。ほんの少しの飛沫を孕んで、そしてまた恒久にグラスに注がれる水の流れを取り戻す。そんな他愛ない変化をサクラにあげたかった。

 だから、決して臆したわけじゃあないんだよ。
 ポケットの中をあたためつづける愛のかけらを押し黙らせて。カカシは光の中でまどろむ未来の妻に微笑んだ。





(カカサク拍手御礼SS/]TX Temperance/Fin.)




プロポーズカカサク♡(^o^)♡
拍手ありがとうございました!



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