色鉛筆/山東省の田舎道
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 西天に傾き出した太陽が、真っ直ぐに伸びる一本道をやわらかく照らしていた。
 周囲にポツポツと点在する果樹園は、里ではあまり馴染みのない風景だ。大体が、忍を生業としている人口構成なので、見掛けることはあまり多くない。それでも手元の袋を覗き込めば、カカシでも知っている小さな土産の果実が、ころころとその中で無邪気に転がった。
 文字通りどっさりと、限界まで秋の実りが詰め込まれた紙袋を、カカシは軽々と片手で抱えていた。その為、ポケットの中に突っ込んだ片手が、どことなく手持ち無沙汰だ。隣を歩く、一回りほど小柄な紙袋に、カカシはまたちらりと視線を遣った。

「サクラ、やっぱり持とうか」
「ううん、平気」

 パンパンに詰まった袋を、両腕の中にぎゅうっと抱き締めたまま、サクラは首を横に振った。“そ……”と、カカシも無理には手を出さない。歩調に合わせて、袋の中でころころ転がる色付いた棗を、サクラは黙々と歩きつつ、カカシと同じように時折覗き込んでいる。

「何かこんなにいっぱいあると……ナルトとサスケ君、いきなり早食い競争とか始めちゃいそう」
「はは、あり得るね」
「でも私、ドライフルーツや薬膳も作ってみたいから……少し残しておいてもらわないと」

 別の農場で出荷作業の手伝いをしている二人は、今頃も火花を散らしながら何かしら競い合っているのだろうか。想像すると微笑ましくもあったが、今から二人を拾いに行くまでに、何事もないといいなあとカカシは心の片隅に浮かべる。
 取り敢えずは、3人の教え子それぞれにとって、良い土産を貰った。元よりその楽しみ方は、サクラの方がよっぽど成熟していて、価値がありそうだ。

「サクラは女の子だよねえ」

 カカシが目を細めて微笑い掛けると、腕の重さも何のそのと、サクラは喜色満面になる。

「ふふ、私大好き! フルーツって、美容と健康にいいんですよ? さっきドライフルーツをね、少し分けてもらったんだけど……それがとってもおいしくって。カカシ先生も食べたら良かったのに」

 流石美容に気を遣っているだけはある。まだあどけなさの残る、色つやの良いふっくらとした頬がカカシの隣で綻んでいく。
 思い返せば、任務の報告をしている最中に、サクラは農場主の妻に呼ばれていった。
 暑さにも負けじと汗を拭いつつ、一生懸命に作業していた、それは多分、サクラだけへのご褒美なのだろう。

「それにしてもここの人達って、私たちのこと、珍しそうに見てくるけど……この国には忍はいないのかしら」

 少し前に擦れ違った、地元の農民と思しき中年男性を、こっそりと振り返って、サクラは不思議そうな面持ちをする。

「んー……いないんじゃないかな? 聞いたことないね」

 火ノ国の秘境とも言うべき、忍の隠れ里から初めて出たサクラには、それが当たり前の環境であろう。下忍の中ではトップクラスの才女で通っているが、アカデミーでは忍術の学習が主だったので、海を渡った異国のことまでは知らない。
 濁りのない碧い瞳は、尚も好奇心を湛えた様子でカカシに求める。

「じゃ、この国を守っているのは? オサムライさんかしら」
「サムライじゃないと思うよ……忍もいないけど、その代わり、皇帝が軍隊を持っているから。だから、ここはちゃんと守られているよ」
「そうなの……」

 感心したようにサクラは碧い瞳を大きくする。同時に、カカシの言葉に気を楽にしたようだ。周囲の田園風景を改めて見渡して、其処に息づく暮らしを感じ取っている。

「あ、カラスだわ。カラスはここにもいるのね」

 明るい声に誘われて、カカシが頭上を仰ぐ。刻々と近付く、日暮れ間近の中空に、見慣れた黒い鳥が飛んでいる。それだけで、いつもは面白い気分などにはならないが、里でもお馴染みの烏はサクラの心を少し弾ませるようで。どことなく遠くなる飛翔を二人で見届ける。

「うーん、どこにでもいるのね……」
「お山に帰っていくのかしら……それとも、向こうのお里に帰るのかしら」

 黒い翼が徐々に小さくなって、やがて遠くの山の色に紛れていく。それでも行き先にじっと目を凝らしている、あどけない横顔に静かに落日の陽が注ぐ。

「山の向こうは、省都だね」
「省都……じゃあこの辺より、ずっと賑やかなのね」

 響きを確かめるように反芻して、サクラはゆるりと頬を緩ませた。割かし逞しい彼らは、案ずるまでもなくどこでも適応できそうだ。

「ふふっ、カカシ先生って、物知りなんですね」
「え、そうかな……? たまたまだよ」

 恍けたようなカカシの表情を見上げて、西日が入るのかサクラは眩しそうにする。
 のらりくらりと生きているようで、実際カカシはサクラの倍近く歳を重ねている。その為サクラ達から見れば、知識人だと思われるのも妥当なことだ。でも、実際はそれを少しもひけらかしたり馬鹿にしない、そういう態度の方を、サクラは気に入っているようだ。
 もうすぐ暇を告げる、異国の空気を、サクラは清々しい胸の中に吸い込んだ。

「本当に静かで良いところ……おいしいフルーツもたくさん取れるし。私将来、こんなところに住んでみたいわ。ね、先生」
「え? うーん、ま、そうね……のどかで良いところだあね」
「ふふっ! じゃあ決まり。忍引退後は、ここで隠居生活よ、カカシ先生」
「ん……? ま、そう……なのかな? ……ん?」

 カカシがぽかんとして首を傾げているうちに、サクラが笑顔満開ではしゃぎ出す。何か今すごく重大な約束を交わした気がするが、気の所為かもしれない。ただ随分楽しそうだなあとカカシは飛び跳ねる少女をマイペースに見守る。
 紙袋の中で、熟した棗がころころころと転がった。きっとそれが、楽しみなのだろう。カカシもサクラの作る薬膳料理に肖りたくなった。

 引退後は山ほど振る舞ってくれるらしい。腕を鳴らそうとはしゃぐサクラの肩を、今はカカシの空いた片手がそっと宥めた。



(了)


2019.05.13 加筆修正
2020.03.11 加筆修正


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