プレゼント
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「ナルトに似合いそうですね」

 手元にふっと、影が落ち、少女が眩しそうに俯けていた顔を上げる。
 サイの後ろから射す陽光に、色素の薄い碧い瞳が透き通り、ガラスのようにきらきらと煌めいている。とは言っても、12月の真冬である。ぽかぽかと日差しの降り注ぐ広場のベンチは、暖かかったが、それなりに肌に当たる空気は冷えていた。

「サクラが選んだの? そのダサイ色」
「……放っておいて。寒がりなのよ」

 フイと目を逸らして、サクラはまた毛糸を引き出して途中から編み始める。
 意外そうにサイは目を細める。珍しい光景にというよりも、珍しい言動に。

「ふうん……寒がりな人には、そうやってプレゼントするんだ。優しいね」

 サクラは特に気にした様子無く、編み棒を動かす。サクラの膝には、真っ赤な毛糸を使った、編み掛けのマフラーが置いてあった。任務の合間を縫って、丁寧に編み上げてきたのだろう。整然と並ぶ、みっちりと密集したきめ細やかな編み目から、心の入れようが見て取れる。
 畳まれている厚みから見て、もう大凡は完成しているのだろう。しかし、こんな奇抜なものを貰うなど、何て運がない奴なのだろうと、密やかにサイは眼差しを送る。サクラは、くるくると回る編み棒の先端に視線を落とし、手を止めぬまま、器用に言葉だけ返す。

「何なの? 嫌味?」
「別に。ただ優しいなと、思っただけだよ。恋人でもないのに、況してや、サクラの想い人はサスケ君であるのに。随分調子良い恋なんだな、と思ってね」

 サクラの編み棒は、淀みなく動いていく。もう少し進めば、糸を結んで完成だろう。
 サスケの名を出されてもサクラは反論しなかった。わざと酷いことを言って怒らせて、編み目がぐちゃぐちゃになれば、もう渡せなくなったのだが。

「仲間にプレゼントしちゃ、いけないの?」
「……どうしてボクに聞くの? 自分のやりたいようにやれば良いじゃない」

 小さな反論に自分勝手な反論の応酬。結果サクラは口を閉ざす。言い合っても平行線になることを、聡い彼女は覚っているのか、うんざりしたのか。

「……あっそ。分かったわ。じゃあ、私のやりたいようにやる」

 サクラはいつものように怒り狂って、サイの胸倉を掴んだりはしてこなかった。今は膝元に大事なマフラーがあるから。
 ええ、どうぞと、今日は無傷で帰れるサイは、当たり前のように微笑み、サクラの手元を黙って眺める。
 サクラは最後の一目を編み終えると、糸を結び、予想通り脇に置いてあるソーイングセットから鋏を取り出して、チョキンと余分な糸を断つ。編んでいる内に丸まった端を、指で軽く伸ばして体裁を整え、編み上がったばかりのマフラーを持ち上げる。
 暫し編み目を眺め、最終確認をしているらしいサクラは、うん、と一人で頷くと、出来に納得したのか、立ち上が…る? そして、サイの元にそれは……来る。
――……何故?
 サイが動けないでいる内に、目の前に立ったサクラが、真っ赤なマフラーを、サイの肩に回す。下手をすれば、そのまま首を絞め兼ねない危うさを持つ彼女が、反してサイの首元に、巻いたマフラーでふんわりと結び目を作り、形を整える。それが何故、暖かい春を思わせる蝶々のような可憐な結びなのか、訳が分からぬまま、サイはやっと首を傾けサクラを窺う。

「……サクラ? ええと、これは……」

 やがて、首元にあしらった可憐な蝶々から顔を上げたサクラは、これ見よがしにムッとしたようなしかめっ面で、冷やかにサイを流し目する。

「……アンタ、いっつも首元すかすかしていて、寒々しいのよ。それでも巻いていたら?」

 巻くだけ巻いたら、ツン、と顔を逸らし、酷く可愛げのないサクラは、それでも腕組みしてサイの前に留まっている。単純に、怒っている……のでは、ないのだろうか。

「……ええと、サクラ? 良く分からないのだけれど、もしかしてアレかな。これは、恋人のいないボクへの嫌がらせなのかな?」
「何でそうなるのよ……。いいから黙って受け取りなさいよ。人の好意を」

 サクラがあからさまに眉根を寄せ、ベンチに戻り、広げてある編み棒諸々を片付け始める。
 呆然と立ち尽くすサイを傍らに置き、一人帰り支度をしてバッグを肩に掛けるサクラを、慌ててサイは呼び止める。

「え、待ってサクラ。こんなの本当にいらないよ。お返しするよ」
「ああもう、いいから巻いていなさいって言っているでしょう!?」

 サイが解こうとした結び目を手で遮り、ダメ、取っちゃ! サクラがきつく言い付ける。
 折角綺麗に結べたものを、何故解くのかと詰め寄るサクラは、サイが気圧されて手を外したので、取り敢えず落ち着く。

「いやだって……こんな真っ赤なダサイ手編みのマフラーなんて巻いていたら、道行く人にじろじろ見られてしまうだろう? 流石のボクでも恥じ入るよ」

 バッグを持って先に歩き出すサクラを、目で追いながらサイもその後をついていく。女性を追い掛け捲し立てる姿はどこか滑稽だったが、返す理由なら幾らでも思い付いた。
 訝しげに振り返り、此方を睨むサクラは、サイが追いついたところで告げる。

「……素直にありがとうって、言えないの? 本当は嬉しいくせに。それに、手編みの方がずっと暖かいのよ」

 鋭い言葉に、サイは押し黙る。別に率先して、嬉しがってはいないのだけど。受け取る切っ掛けを、サクラがくれた。いつまでも頑なでいるのも、意地を張っているみたいだった。
 サクラが、やりたいようにやった結果が、これなのだ。サイが勧めたことだ。

「……分かったよ。別に誰も頼んでいないのだけど、人から物を貰っておいて言うことではなかったね。折角君が勝手にボクの為に編んでくれたんだ。ありがとう、サクラ。素直に使わせてもらうよ」

 素直とは言い難いサイなりの感謝のことばに、やはりどこが素直なのよ、とサクラは言ってプイッと前を向いてしまった。
 先に往くサクラを待ってよ、と追い掛けながら、サイは首元の温もりを意識した。
――本当だ、暖かい。







「因みにボクは、別に寒がりな訳ではないよ。平熱は低いけど」
「自分で言っていれば世話無いわ」

 特に別れる理由もなく、徐々にクリスマスの装飾に色取られる商店街を、二人で歩いていた。
 先の会話をまだ引き摺っていたサイだが、マフラーを受け取った現在、単なる照れ隠しに見えた。
 サイの嘘くさい笑顔も、サクラのムスッとした表情にも、どちらも優しい木漏れ日のような明るさが散りばめられている。
 晴れ空とはいえ12月の真冬。こんなに寒いのに。

「じゃあサクラ。手でも繋ぎますか」

 笑顔でサイは血色の悪い掌を、サクラの方に持っていく。平熱は低いが、別に冷たくはない筈。手編みのマフラーを贈るくらいなのだから、ちょっとくらい自惚れても良いのだろうか。そう思うサイの淡い期待は、果たして。

「はあ? 何でそうなるのよ。寒いのなら自分の手でも握っていたら?」
「……釣れないな」

 見事にサクラの気紛れに、砕かれた。
……寒い訳ではないのだよと、サイは失恋した可哀想な手を引っ込め、温まった上着のポケットに突っ込む。
 後日、年も明けぬ内に彼女から贈られたのは。

 マフラーとお揃いの、真っ赤な手袋だった。




(了)



以前の拍手文アンケートで頂きましたサイサクリク(と勝手に呼んでいる)を書かせて頂きました。
今回はサイがサクラを“苛める”ナルトに“嫉妬”という2点で考えてみました。
思い付くまで時間が掛かってどうしよどうしよだったのですが、そのうちスッ…と浮かんで来たのでよし書いちゃおう! とパソコンに向かったわけであります。
一気に書いたのでまた密かに微調整するかもしれません(^^;
思っていたものと違っていたら申し訳ないのですが…少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです><
リクエスト&お読みいただきありがとうございます。
志麻

2019.01.24 加筆修正



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