pretend to sleep
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 真昼を少し過ぎた辺りの、木ノ葉の陽気は、例えようのない心地良さで、つい、うとうとしてしまったのだ。
 これは甘く見ていた。こんな気持ちの良い日に外になんて、出るのではなかった。


(んー……もうちょっとだけ)

 手入れ途中のクナイを握ったまま、何かの拍子に眠りが途切れて身動ぎしたテンテンは、反省もそこそこに背後の樹に再びくったりと身を預ける。足元には、まだ磨く前のそれらが数本散らばっている。ホルスターから丸ごと取り出して、無造作に置いたまま、その位置はもう小一時間くらい変わっていない。尖った刃があちこちを向いて、少々危ない状況だが、今まで怪我らしい怪我をしてこなかったのは、彼女が元来から器用であることと並外れた操縦技術を身に付けている為だろう。

 散らかした忍具を、本当なら片付けなくてはいけなかったけど、さっきからあと少しあと少しと、それを引き延ばしていた。もう少し経ったら、ちゃんと起きるから。忍具使いの分身とも言える、大切なクナイ達を放って、テンテンはまだ当分微睡みに浸る算段だ。傍にネジでもいれば、呆れた小言の一つでも投げられそうだ。

 幸いにも近くには誰の気配も感じなかった。だからなんにも気にせずに、幸せなひとときを独り占めできた。普段から重い忍具を振り回したりして、これでも結構体力を使うのだ。
 だから少しくらい――休憩したって、いいわよね……? 
 誰にも否定されない、立派な怠業の後ろ盾を手に入れたテンテンは、妙に安堵して、やがて静かな寝息を立て始めた。







 次に目を覚ましたのは、まだ昼の内だっただろうか。
 頬に当たる風は冷えてはいなくて、木陰にいながらも、緑の天幕を隔てた頭上には、変わらずに穏やかな日差しが降り注いでいるように思えた。多分それほど寝入ってはいない。時間にして半刻程度だろうか。
 目覚めたばかりでそんなことを考えるのも、瞼を開けるのも億劫だった。“あともう少しだけ”――と、更に自分を甘やかそうとしたものの、不意にテンテンの緩みかけた手元から、そっとクナイが抜き取られた。何かが気配を潜めて、自分の側にいることに初めて気付いた。

(何だろう……誰……?)

 寝起きのふわふわとした頭で、耳を傾けていると、何やらテンテンの散らかしたクナイが黙々と拾い上げられている。怪我をしないようきちんと刃の向きを揃えて、カチャリ……と草の上に纏めて置くと、膝にはタオルケットまで掛けてくれる。音もなく巻き起こった風から想像できる、指の先まで神経を使った丁寧なその所作は、とてもテンテンの眠りを妨げるようには思えない。甲斐甲斐しくて優しい手だ。足元がぽかぽかとする。
 誰だかわからないけど、ありがとう―――。半ば眠りに落ちるような心地で、テンテンの唇がゆるりと綻ぶ―――と、世話を焼いていたかの気配は、それから側を離れなくなった。


 ……何だろう。ものすごい至近距離で、見られている。自分の寝顔なんて、そんなに見つめるほど価値はないと思うけど……。
 気になったのだが、瞼が鉛のように重くてどうしても開かない。そのうちいなくなるだろうか……そう深く考えなかったテンテンは、忍の割に無防備すぎた。


 優しい手をした人の、息遣いを、ふと顔の直ぐ側で感じた。疑問を浮かべる前に、テンテンの唇に、おおよそそれと同じような柔らかさを持つものが、そよ風の如くやわらかに触れてきた。
 
 本当に風だったのかもしれない。目を瞑っているテンテンには何も見えていないし言い切ることができない。しかし花びらに撫でられるみたいに、蝶の羽が掠めるみたいに、自分の唇の上を微かな吐息がすべっていく。

 だれ――――? 心に素直に浮かんだ尋ねが、テンテンを昼間の光に溢れる現へと導く。目の前にいる人物に、何か意識の深いところで惹かれていく。重たげだった睫毛の先がふるりと震えて、澄んだ栗色の瞳がゆっくりとそれを確かめる――。


「おーい、ネジーー? どこにいるんですかぁーー? ガイ先生がお呼びですーー」


 突然、どこからかそんな慣れ親しんだ声が聞こえて、テンテンは反射的に開きかけた瞼を閉じた。結果的には何も見えなくって残念だが、今はそれよりも心臓が跳ねてテンテンはひとりスリルを味わっている。
 リーがこの近くをうろついている。それにそんなに馬鹿でかい声で呼んでしまって、今ネジがここを通り掛かったりしたら―――。
 




「今行く」


 テンテンの顎に、知らずと伸ばされていた指先が、そっと離れた。
 もう一度、春風のように淡い口付けを、とおそらく目論んでいたのを、多分その人は諦めて、瞬く間にテンテンの側からいなくなった。


 少し離れたところで、リーがネジを見つけたらしい。大げさに歓喜する賑やかな声がそんな情報まで容易に届けてくれる。それに対してボソボソと、ネジは一言二言いつもの調子で淡泊に返している。よく聞き取れなかったが、大方、ああ、とか分かった、とか、そんなところだろう。


 今しがた、その声が、思ったよりも自分の近くで聞こえたような気がするのだが……。
 いややはりと、考えるのをやめて、テンテンは樹に凭れてうたた寝を決め込む。何も見ていないし私はなんにも知らない。


 タオルケットを引き寄せて頭までかぶると、唇に吹いた風の感触がいつまでも消えず、それから一睡もできなかった。

pretend to sleep
(寝たふり)


旧拍手文


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