お姫様抱っこ1/1
重い? オレにとっては羽根と一緒だ
とある小国からの依頼で、一行は依頼主である領主の元へと向かっていた。
今回の依頼は、木ノ葉にある保養所で療養していた姫を、故国へ送り届けること。距離も難しさも然程ないCランク任務とあり、遠目の利くネジ、暗器使いのテンテンの二人だけで請け負うことになった。
その、依頼主が大事に大事に目を掛ける、今回テンテン達が警護するあどけない愛娘。馬に乗るのを拒んだため、ともに徒歩で道中を進んでいたのだが、やはりというか、次第に姫は疲れの色を見せ始めた。先程見兼ねて、彼女はネジの背中に背負われたところだ。
ネジの首元にぎゅっとしがみついている姫の手、何かもやもやとしてテンテンは気分が晴れない。療養し気力十分で、きっと自分の足で彼女は故郷に帰りたかったのだろう。ただ些か、気が逸ってしまったのだ。そしてネジのしていることも特に過保護な訳ではない気がする。しかしこうしているとネジだけで事足りている気もするし……私、来た意味ある? とテンテンは二人の後ろ姿をジト……と細めた目で見つめる。
「テンテン」
呼ばれてテンテンは我に返った。ネジが足を止めて振り返っている。
「オレの懐から、通行手形を出してくれるか? 手が塞がっている」
「あ……了解」
ふと前方を見れば、関所が設けられていた。この先の道は里長である綱手の管轄ではない為、通るには身分証明が必要となる。里を発つ前に、予め綱手が用意してくれた、火影印の押された書簡がネジに渡されていた。
ネジの両腕は姫を抱えている。その言葉と光景をはいはい……と理解して、テンテンはネジの懐を探ると、紙の感触を得て取り出す。綺麗に折り畳まれた見覚えのあるそれは、綱手がネジへと預けた手形だ。
「えっと、これ見せればいいのよね」
「ああ、頼んだぞ」
今度はテンテンの後につき、遅れてネジが歩き出す。背中に抱えた存在を揺らさぬように、配慮して。気配すらも揺らさぬ、その徹底ぶり。
チラリと、振り返り様に見たネジは、肩越しに凭れる姫を気遣っていて、少しだけテンテンは表情を曇らせた。
関所を抜けて、暫く歩いていると、依頼主の待つ異国の街並みが見えてきた。緑の豊かなとても小さな侯国は、火ノ国の隣にあった。大人しくネジに掴まっていた姫が、仄かに頬を緩ませた。
――もう着きますよ。穏やかなネジの声が病弱な彼女を殊更笑顔にした。見知らぬ忍ばかりで心細そうに閉口していたが、やっとその口から、ありがとう、と小さく聞こえた。故郷に帰ることはやはり嬉しいのだろう。
念の為に暗器類を仕舞った巻物を数点、持って来ていたが、今回その出番はなさそうだった。いつもの殺伐とした空気もなく、あっさりと『任務』は終わった。
無事に依頼主の元まで姫を送り届けて、報告書にサインを貰う。幸い人の好い領主で、馬に乗らなかったことに関しては、娘が無理を言ったのだろうと、逆にテンテン達を労ってくれた。
はにかんだ微笑みを浮かべる姫に見送られて、テンテンとネジは元来た道を引き返す。先程通過した関所まで来て、ネジが手形を見せると、今度は中身を良く見ずに、“通れ”と役人の男に促される。あしらわれるようにされ簡単に『検問』を抜けて、任務も終わってしまって、テンテンとしては何だか張り合いがなかった。
「どうする。寄り道でもするか?」
同じようなことを考えていたのか否なのか、隣で黙って歩いていたネジが、珍しいことを言う。きょとん、とテンテンは立ち止まってネジを見る。
「早く終わってしまったからな……時間はある。この辺りの団子屋とか、行ってみたいのではないか?」
護衛を無事に終えて気が抜けたのか、ネジは微かに笑みを滲ませる。長年チームを組んでいることもあって、流石、甘味好きなテンテンのことを良く心得ている。いつもなら勿論、喜んで飛び付く誘いだが……。
「ん………今日はいいや」
何故だか気乗りしなくて、折角の大好きな甘味の誘いをテンテンは断った。案の定、予想外の返答にネジが目を丸くしている。
「行かないのか?」
「うん……今からお団子って気分じゃないし」
ぽかんと呆けたネジの眼差しがまるで突き刺さるようで、テンテンは居心地が悪くなる。団子が食べたくない訳でもないが、きっと呆気ない今日の任務であったから。だからお腹が空いていないのだ。
「なら、餡蜜にするか?」
「そ、そういうことじゃなくて……今日は、やめておくわ……」
何となく目を合わせないテンテンにネジは不審そうな顔をした。甘過ぎる代替案にもかぶりを振り、鍛錬や任務の後に甘味を欲しがらないテンテンは、それだけで異常である。
「熱でもあるのか」
「うるさいわねぇ、ないわよそんなの」
訝りながら、本気で心配してくるネジの生真面目さに、テンテンはぎゅっと両手を握り締める。熱でもないし何でもない。身体は至って健康だ。しかしいつでも甘い物を欲している訳ではないのだ。そんなに単純でもないし、単純なことでもなくて。
ただ、姫を大切そうに抱えていたネジが、少しだけ嫌だった。清楚で儚い印象のある姫の方が、忍具を振り回す自分よりもネジの隣がよっぽど似合っていた。だから――。
今は少しだけ、離れたい。離れたら落ち着くかもしれない。
こんな不安な気持ちでお団子なんて、とても食べられないよ――。
「しょうがないな。こちらの“姫”は機嫌が悪い」
この複雑に渦巻く感情を覚られないように、ネジを置いて先に歩こうとするが、姫? とテンテンは妙な言葉に足を止める。
そっと息を吐いて、控え目に嘆きを呟いたネジは、振り返ったままの姿勢でいるテンテンとの距離を詰める。
ふわりと、簡単に、呆気なく、風に持ち上げられるように体が宙に浮いた。何が起こったのか、考える間も与えられないまま、急に至近に来たネジの表情にテンテンは息を呑む。
「こういうことだろう?」
人の悪い、しかし少年のような純真さも含ませたしたり顔で、身動きの取れなくなったテンテンの呆けた顔をネジは覗き込む。地に足が付かない不安で、咄嗟に掴まっていたネジの肩を、テンテンはかあっと頬染めながら必死に押し返した。
「なっ……何してるの? アンタ……っ、ちょっと、降ろしてよ……っ」
「それは出来ないな」
ネジを叩くように掌で押すが、テンテンよりもがっしりとした体躯はびくともしない。お遊びにしては度が過ぎている。ネジはふざけてチームメイトを『お姫様抱っこ』なんて絶対にしないし、決してテンテンは、ネジに背負われた姫のことを『羨ましい』などと思った覚えはない。
「な、何でよもう……っ、やだ、離してネジ、重いから……ほんとにやめてよ……」
ネジの腕の中で体を縮ませて、テンテンはどうしたらいいのか分からない。泣きそうな程に懇願する、喉の奥から絞り出される声に、ネジの眼差しが真剣なものになった。
「……こんなの、全然重くない」
からかうでもない静かな声に、テンテンはそっと顔を上げる。ネジの胸元の装束を頼りなく掴んでいる、細かく震える手を微笑うでもない。抱き上げたテンテンの体をネジは優しく引き寄せる。
「テンテンなんて、軽いものだ」
まるで子供をあやしているみたいに、ネジの言葉はテンテンの心をふわりと包み込む。そしてその通りに、余分な巻物を持ったテンテンを軽々と持ち上げている。何の苦もなく、筋肉質な腕でしっかりと抱き留める。身体を密着させて、殊更側に来た涼しい顔にテンテンは困ってしまって目を泳がせる。
「……あの、おひめさまより?」
真っ直ぐな白い眼と目を合わせないまま、拗ねるように語尾が上がる。掴まったネジの首の後ろを指で弄るテンテンに、珍しくネジは意地悪を言った。
「……どうかな」
わざとらしく首を傾げるネジの反応に、姫の重さと比べていると見て腕の中のテンテンが暴れ出す。やっぱり離せと、足をばたつかせて肩をバシバシと叩かれて、ネジは緊張感なく笑いながらそれを宥める。
「いや、悪かった。本当に軽いんだ。そんなに心配しなくても大丈夫だ、テンテン」
力強い忍の腕に押さえ込まれてしまえば少女の抵抗など無意味なものだった。大丈夫だと言われてもテンテンはまだ信じられない。ネジが嘘をつくことは滅多にないがお世辞なら世渡りの為に言うこともある。
ほら、落ちるからしっかり掴まれ、と言われて、返事をする前からネジは歩き出す。このまま、何処に行くの、と聞こうとするが間近にあるネジの顔を見るのが恥ずかしくて、テンテンは黙って首にしがみ付く。腰元で揺れる巻物の重りが煩わしい。ただでさえか細くない躰なのに余計に重たくなってしまう。こんなことなら、持って来なければ良かった。
「……私じゃ、似合わないもん」
「似合わないって、何がだ? 誰がそんなこと、決めるんだ?」
ぽそりと聞こえないように呟いたつもりだった小さな小さな言葉の粒を、ネジは簡単に拾い上げた。予期していなかった返答にテンテンは一瞬声を詰まらせる。
「だって、がさつだもん……」
「元気いっぱいなだけだろう。好きな忍術を極めればいい」
首にしがみ付かれているネジからは見えなかったが、テンテンは無数の忍具を収納した巨大な巻物を平気な顔して持ち歩いている。多くの忍具に精通して正しく扱えるようになるには、それ相応の知識と鍛錬が要る。それを、側で見てきた、ネジは。
思わず目元が熱くなってごまかすようにネジに抱き付くと、背中を抱く手が受け止めてくれる。ネジはこんな風に姫を抱き抱えていなかった。大事そうに敬意を払っていたが、テンテンにはそれ以上の大切な何かを掌に込めている。
「それで、『お姫様』になった気分はどうだ? テンテン」
自分の肩に伏せたお団子頭を横目に見ながらネジが尋ねる。何故だか満足げなその様子が気になったテンテンだが。ネジが“エスコート”してくれるお姫様は、きっと。
「ふふっ………シアワセね」
口から零れた笑みは、ネジの温もりの擽ったさと言葉への照れが混じっている。でも、恥ずかしくて仕方なかったのに今はこんなにも笑顔になる。
……くっつきすぎだ、と小さく声がするがテンテンは構わずもっともっと力を込める。あのお姫様と同じことをしただけなのにネジは何だか困っているようだ。
そのままでいいんだ。誰と比べることもない。
お団子を好きなままで。だから誘われたら素直に「行く」って言えばいい。
少々強引なネジから伝わる優しさに、テンテンはぎゅうっと抱き付いた腕を緩めなかった。
(了)
2025.6.24 加筆修正
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