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厄介なテロリストを早々に片付けたレオンは一刻も早く家に帰りたかった。彼女がビーフシチューを作って待っているということを分かっていたからである。だと言うのに報告書やら何やらが積み重なった紙の束がレオンを拘束して離さないものだから、ショットガンでそれら全て紙くずにしてしまいたい衝動に襲われた。どうにか堪えたが。
機密情報は結局のところアナログの方がリスク管理がしやすいだのどうので、こういった重要な書類は未だに紙で運用されており、今ばかりはそれが恨めしかった。アナログである理由に納得はできるものの、こうも疲弊した精神でガリガリとペンを走らせる音ばかり聞いていれば発狂しそうになるのは当然ではないだろうか。

恨み言を頭の中で連ねながら何とか書類を片付けきったレオンは、それを引っ掴んで廊下に飛び出た。上官に叩きつけたくなるのを我慢し、極めて紳士的に提出をした後オペレーター室を通ると、涼しげな声がレオンを呼び止める。

「あら、お疲れレオン」

くるりと椅子を回してレオンを見上げたハニガンは、今日も凛とした空気を纏っている。硝煙ばかり浴びていたレオンは、ハニガンの顔を見て帰還したという実感がようやく湧いてきたような気がした。そんな疲労困憊のレオンに、ハニガンが小さく笑う。

「随分と男前ね」

顎をちょんと指したハニガンの仕草に、自身の顎に手をやったレオンはそのチクチクとした手触りに納得する。そういえばかなりの期間放置していたような。シャワーだって浴びたのは何日前か、思いだすと耐えきれなくなりそうだったのですぐに思考を放棄した。

「剃らなきゃな…」
「中々似合ってるわよ」
「どうも。だが生憎、うちのオヒメサマは身だしなみに厳しいんだ」
「ああ、おかんむりがかわいいオヒメサマね」

レオンが彼女に電話越しやらメール越しやらで振り回される愉快な姿は職場でも散々目撃されている。くすくすと笑うハニガンにひらりと手を振って、レオンはジャケットを羽織った。

「これ以上機嫌を損ねないよう俺はとっとと帰るよ」
「連絡した?」
「…まだしてないな」
「学ばないわね、あなたも」

呆れた、と息つくハニガンに一気に肩身が狭くなる。女性はどうしてこうも物覚えが良いのだろう。思えば彼女も、レオンが適当に結んだ約束や適当に了承した返事を、いつも詳細に覚えていた。そういうイキモノなのだろうな、と自分が何から何まで悪い案件であるのに適当に結論付けて、今しがたメールを送信した手の中の携帯を見つめる。久々に役立てた実感がしたそれに、レオンの不能な記憶力が奇跡的に働いてとある約束を思いだした。

「今度連絡を忘れたらこれがウイスキーに沈められるとこだったんだ。助かった」
「かわいい仕返しじゃない。甘んじて受けたら?」
「勘弁してくれ」

そのお飾りの携帯、今度こそウイスキーに投げ込んでやる、と息巻いていた彼女が脳裏に蘇って会いたい気持ちが強くなる。そうとなれば、やはりレオンは早く帰らなければ。こんなところで油を売っている暇はない。携帯をポケットに突っ込んで、レオンはドアを潜るためのIDカードを取り出した。

「今度こそ帰るよ」
「ええ。彼女をお大事に」

職場を出る頃には彼女からの返信が来ていて、メールを開けばご所望のケーキリストが記されていた。面倒くささよりも先に、久しぶりに感じた彼女らしさに笑みがこぼれる。これさえ携えて帰ればきっと彼女はご機嫌のはずだ。
どんな任務よりも超絶不機嫌になった彼女のご機嫌取りの方がレオンにとっては難しい。彼女がこれくらいで喜んでくれるなら安いものである、とレオンは行列覚悟でケーキ屋へと向かった。


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