a/hanagokoro/novel/1/?index=1
TopMainそれがあい図
表にかけられた看板はcloseになっていたが、そんなこと気にも留めずにドアに手をかける。

「カイエさ〜〜ん!」

私がドタバタ音を立てて騒がしく入店すると、カイエさんが奥からひょっこり顔を出した。

『なんか凄い荷物だね!』
「えへへ〜、ショッピング帰りなの」

荷物がズレ落ちないようにしながらスマホを見て返事をすると、カイエさんが立ち上がって私の大量の荷物を抜き取る。まとめて一角に荷物を置いてくれるカイエさんに「ありがとうございます」と苦笑してから、私は持っていた小さな紙袋を差し出した。

「桃とパインどっちがいいですか?」
『フラペチーノ?』
「そう!」
『寒くない?』

と、カイエさんは首を傾げる。文句というよりも純粋な疑問、といった感じだ。確かに今日は少し肌寒い。私も半袖を着るか、少し袖の長い物を着るかクローゼットの前でしばらく悩んだくらいだ。

「だから買ってきたんです。もう急に寒くなってきていつ秋本番になるから分からないじゃないないですか。それなら本格的に寒くなる前に!と思って」
『独特な考え方だなあ』
「まあ、期間限定のフラぺの買うタイミングを逃してたとも言えます」
『そっちが主だね!』

くすくすと笑うウサギのスタンプも貼られて、私もつられて頬が緩む。結局どっちにするんだろうと紙袋から二つとも取り出せば、カイエさんが『君が先に選んでいいよ』とメッセージを続けた。ううん、私が悩んでたからカイエさんに先選んでもらおうと思っていたのだが、そう言われると断りづらい。
私は結構な時間うんうんと頭を捻って、結果ピーチを選んだ。フラペチーノはここに運んでくるまでの間にそこそこ汗をかいてしまっていて、紙ナプキンにくるんでからカイエさんに手渡す。そして私もカイエさんの隣に座ってから、ストローに口をつけた。
ひと口めは甘くてジューシーでとても美味しかった。ふた口み口と飲んでいると、冷房も相まって途端に美味しさより寒さが勝ってくる。私がカップを持ちながら身を縮こまらせると、カイエさんがブランケットを私に手渡してから冷房の温度を上げた。

『やっぱりちょっと寒かったね』
「うう…、すみません…」
『いや僕は大丈夫だけど』

一度フラペチーノを置いてから、一緒に買ったスコーンを取り出してかじりつく。明らかにこんな日にフラペチーノを買った私のミスではあるのだが、素直に認めるのも癪で怒りの矛先を無理に転換する。

「もう、ここ最近の寒暖差はどうにかしてほしいものです」
『そうだね、服選び困っちゃうよね』
「そう!そうなんです!朝起きたらいちいち窓から顔つきだして気温確認しなきゃいけないし…」
『そんなことしてるんだw』

え、みんなはしないのかな、と急に恥ずかしくなって俯くと、カイエさんが私の半袖を摘まむ。

『今日の半袖はちょっと失敗だったかもね』
「外歩いてる分にはよかったんですけど、冷房に弱くて」

私がそう言うとカイエさんが更に温度を上げようとリモコンに手を伸ばすので「わー!大丈夫です!」と慌てて止める。ずっとここにいたカイエさんの快適温度に保っているはずだから、私に合わせてカイエさんが過ごしにくいだなんてこと起きてほしくない。
でも、と釈然としない顔をするカイエさんに、私はぽてっと寄りかかってカイエさんの腕に手を添えた。

「その分くっついてるから、いいです」

こういうこと言うと、カイエさんがスマホにメッセージを入力するまでの間、沈黙なのがなんとも気まずい。カイエさんの腕にぴったりと体を寄せながら恥ずかしさを誤魔化すように目線を天井に彷徨わせていると、カイエさんがスマホをテーブルの上に置いた。
あ、と思う頃には、カイエさんの手が私の肩を掴んでいてキスを落とされる。カイエさんがこういう事をするときにはどうやったってスマホを置かなければいけないので、もうテーブルに置かれた時点で私は期待しちゃう羽目になるのだ。それがどうしようもなく恥ずかしい。
カイエさんの白い指が私の頬やら耳やらをくすぐって身をよじると、それを押さえ込まれるようにまたキスされて思考が熱に浮かされていく。先ほどまで寒いと喚いていた私の体温はバカみたいに上がっていて、寒暖差が激しいのは私も一緒じゃないかと頭の片隅で苦笑した。

思ったより長いスキンシップの最中、カイエさんと視線が絡む。ふんわりと、至近距離で微笑まれた私は思わず固まってしまった。カイエさん、いつも無表情だけどこういう時は比較的表情豊かなのが心臓に悪い。むっつりとしたまま触られても怖くはあるので、そういうところも気遣ってくれてのことなのだろう。
カイエさんとスマホを用いて色々なお喋りをするのは大好きだが、こういう時間もたまらなく好きだ。カイエさんを、直に感じられる。それでもさすがに今の爆弾は私に気恥ずかしさを思い出させて、視界の端に映った汗っかきのフラペチーノを言い訳にカイエさんの胸板を柔く押し返す。

「ぬ、ぬるくなっちゃうよ」

何のことを言われているのかすぐ分かったらしいカイエさんはテーブルを一瞥すると、くすりと小さく笑って私の頬を撫でた。あ、これはやめてもらえないやつだ、と一瞬にして悟った私はカイエさんを受け入れながらソファーに沈む。さっきの笑みは多分「ちょうどいい」とかそういうこと?
この後全て溶け切ったフラペチーノ飲まなければいけないんだろうなと思いつつ、まあ確かに薄着の私にはちょうどいいかと諦めて視界を塞ぐハットの影に目を瞑った。


それがあい図


prev │ main │ next