じぃっと、手の中にあるおさまりの良い箱をただ見つめる。封を開けるわけでもなく、ただ眺めてるだけ。こんなもの。吸ったところで何か変わるものではないのは分かっているけれど、それでももしかしたらこの鬱屈とした気持ちが晴れるのではないかと。
……多分そんなことないんだろうな。きっとこれは一種の自傷行為だ。手首を切るなんて馬鹿馬鹿しい、何のためにやるんだと思っていたけれど、今になって少し気持ちが分かる。
「私ってこんなかまってちゃんだったのか…」
自分のことが嫌になってしまって膝を抱える。ああいやだいやだ。やっぱりタバコなんて吸っても害しかないんだからやめよう。というか学校で吸うのはチャレンジャーすぎるし。そう思って鞄にしまおうとした時、後ろから影が伸びて手の中の箱が奪われた。
「おいおい…これはさすがになしだろ」
「……さいあく」
一番見つかって欲しくない人に見つかってしまった。いや、見つかりたかった人の間違いなのかな。
「…まだ吸ってない…よな?」
「どうでしょう」
「やってないな、その反応は」
くそう。見抜かれたことも腹立たしい。もうちょっと普段から悪ぶっておくんだった。
「つうか、どうやって買ったんだよこれ」
「…コンビニの前でたむろしてたあんちゃんに頼んだら買ってくれましたよ」
「はあ!?その後なんもされてねえだろうな」
「普通に一緒にモンハンやって解散しましたけど」
そう言うと、御影先生がはあ〜っと大きなため息をついてしゃがみ込む。目線の高さが一緒になったところで、御影先生が真っすぐに私を見た。
「頼むからそういう危ないことすんなって。な?」
「……」
「大体、タバコなんて吸って悪ぶりたい柄でもねえだろお前は」
分かったような口きいて、私のこと何も知らないくせに。馬鹿。でも一番馬鹿なのはこんな面倒くさいことをしている私だ。
「だって先生は真面目ちゃんが好きだから」
「え?」
「不真面目ちゃんになったら先生は私のこと嫌いになるかなって…」
もういやだ。泣きそうになってきた。先生と目が合わせることができずに屋上のコンクリートを必死に見つめていると、御影先生が「ライターは?」と私に聞いた。
「え、」
「ライターも一緒に買ったんだろ」
まあ、一応吸う予定だったので確かに一緒に買った。でもライターは他にも使い道あるし、こっちは没収しなくてもいいんじゃ…と思いつつ、渋々差し出す。
すると御影先生はタバコの封を切り一本取り出して、私から没収したライターで火をつけた。こっちが呆気に取られてじりじりと先が燃えるタバコの先を見つめていると、それを咥えてゆっくりとふかす先生。その姿は普段快活に振る舞っている先生とは打って変わって、やけに目に焼き付いた。指先が、男のひとだった。
「はー…久々に吸うとまっずいな…」
「まずいんだ…」
「まずいに決まってんだろこんなもん。でもまあ、拠り所にしちまう時があんだよ」
「……吸ってたんだ」
「昔な」
先生は私にかかる煙をぱぱっとはらうと、すぐタバコの火を消した。
「ということで俺も不真面目ちゃんなわけだ。お仲間だな?」
「な……」
「だから嫌いになんてなったりしねえよ。お前的には残念だろうけど」
わしゃわしゃと雑に頭を撫でられて、そのどさくさで腕を引っ張られ立ち上がらされる。勢いがついて先生の胸に衝突すると、上から先生の笑い声が降ってきた。
「俺から嫌われるのは難しいぞ〜?だって、先生はお前たちのこと大好きだからな」
あっっっそ!!お前「たち」ね!!
と、小石を蹴っ飛ばしたい気持ちになったが、不思議と先ほどより気分が晴れている。また先生の手のひらの上で転がされたのだ、私は。
最後にどうにか復讐したくて、御影先生が持っていたタバコの吸い殻を奪う。
「先生って、学校の敷地内でタバコ吸っていいんですか?」
「え」
「氷室教頭はそういうの一切許さなさそうですけど…」
「お、おい待て。今のことはお互いに黙っておくっていう、そういう暗黙の…」
「でも結果的に吸ったのは御影先生一人ですよ」
すると御影先生はさあーっと顔を青ざめさせて「わ、わかった。何が目的だ」と面白いくらい神妙に問うてきた。これも先生の大袈裟な演技の内の一つかもしれないけど。でも演技だとしても焦ってる顔が見れただけで私は満足だった。
「美味しい採れたて野菜」
「よしきた」
表情を一転させてほっと笑顔を浮かべた御影先生は私の手を取る。
「そういう事なら今から行くぞ」
「えぇ…後日でいいんですけど…」
「採れたて野菜は最高だからな!」
全く私の話を聞かずに歩く御影先生の背中。私の手をすっぽりと包み込む大きな手。全部にムカついて、ときめいて、しょうがなかったけれど。もう痛みも苦みも全て受け入れていくしかないんだと、その時私は観念したのであった。
くすぶってなんぼ
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