マリンフォードの外れ、海が一望できる場所に教会がある。この島で結婚式を挙げるなら、ここでするのが通例であった。それは、例にもれず私達も。
「緊張してる?」
私の瞼にアイシャドウを繊細なタッチで乗せていたメリアさんが私に訊ねる。ぱっと一瞬私の顔からメリアさんの手が離れたのを見計らってから、私は首を傾げた。
「いやあ…特には…?」
「ふふっ、意外ね。名前ちゃん結構緊張しいなとこあるのにね」
「確かに…。でもなんかクザンとのイベントって思うと、ほんと大した緊張がないっていうか…」
「日常の延長線に感じているのかも」
言われてみると確かにそう感じている節がある。だが、段々と緊張していないことに危機感を抱き始め、今日の参列者を思い浮かべてみるとその焦燥感は更に強くなった。
「あ、やっぱ緊張してきたかも…」
「ええ?」
「だって参列者が豪華すぎます……」
「ああ…、まあ大将ともなれば、そうよねェ」
「やっぱそうですか…」
この期に及んでまだクザンの立ち位置を理解していないところがある私は、現役海軍のメリアさんの言葉を重く受け止める。
だって今日はあのサカズキさんもいる。呼びたくないと駄々をこねたクザンをおつるさんと私でどうにか説得して、とはいえ私も欠席するのではないかと思っていたのだが、結果はまさかの出席。
「けじめの場には絶対顔を出すよ、サカズキは」とおつるさんが言っていた事はどうやら本当だったらしい。
そうなると、三大将が雁首を揃えて、加えて早々たる面子が出席することになっているこの結婚式は、もしかして私が思っている以上に相当やばい場なんじゃないだろうか。
「なんか、具合悪くなってきた」
「あははっ、クザンに介抱してもらいなさい。はい、出来上がり」
メイクからヘアセットから全てメリアさんプロデュースの私、完成だ。今世紀一かわいく仕上げてくれたメリアさんには感謝しかない。
「こんなにかわいくしたのに、クザンのものになるのが惜しいわ」
「さらってくれてもいいんですよ?」
「そうしちゃおうかしら」
なんて美女と戯れていると、コンコンとノックが響く。そして「準備出来たー?」と呑気なクザンの声が聞こえてくるので、思わず舌打ちしたくなるのを堪えていると、メリアさんに背中を押された。
あんまり待たせても可哀想なので、私が扉を開けると私を視界に入れたクザンが数秒固まる。
「…こんな天使みたいな子が本当におれのお嫁さん?」
「そう言うなら違うんじゃない」
「ウソウソウソ。おれのお嫁さんでしかないよね、名前ちゃんは」
クザンの手を引かれて廊下に出る。部屋の中のメリアさんをちらりと横目で振り返ると「いってらっしゃい」とにこやかに手を振っていた。
「クザンはスーツを着てる時が一番かっこいいと思ってるけど」
「え、そうなんだ」
「そこまでいくと浮くね」
「上げて落とされた…」
クザンは普段のスーツに正義のコートというスタイルではなく、海軍の礼服を身にまとっており、襟が詰まったその服は少々窮屈そうに見えた。けれどここまでしっかりと着込んでちゃんとしているクザンを見るのは海軍のパーティー以来で、物珍しくしげしげと眺めてしまう。
「まあ、まあ…かっこいいんじゃない」
「その心遣いが逆にむなしい」
「いいから素直に受け取りなよ」
「ハイ。ごめんなさい」
やっぱりクザンといると緊張感なんてないように思えてしまう。普段と変わらない温度感で話しながらチャペル前に移動すると、さっそく入場で扉の前に立たされるクザン。
「やっぱりこんな綺麗な名前ちゃんを野郎どもに見せるのが惜しくなってきた」
「いいから早く入場しろ」
心残りだと言わんばかりに縋るような目でこちらを見てくるクザンにしっしっと入場を促して、一息つく。中からは賑やかな声が聞こえてきて、ゲストの多さを今更ながらに感じる。一足先にクザンだけ見世物になっているのかと思うとちょっと笑えてくるものがありながら、私は扉の傍にいた両親に歩み寄った。
母の前に立ち少し腰を落とすと、ゆっくりとベールが下げられる。レース越しに見た母の顔は晴れ晴れとしていて、相場とは違う雰囲気に可笑しくなった。普通こういう時って涙ぐむものじゃないのか。
「泣かないの?」
「縁起いい事なんだから泣かないわよ」
そう笑い飛ばした母は軽く私の背中を叩く。
「胸を張ってね」
「うん」
そして父の腕を掴んで私もバージンロードへと足を踏み出した。
***
「つっっかれた……」
疲労困憊の体をそのままソファーへと投げうつ。重力に従ってだらりと脱力しながら何も考えずに家の壁を見つめていると、床の上で死んでいるクザンからうめき声が聞こえた。
「結婚式ってこんなに疲れるもん…?」
「知らん……クザンが大将だからじゃないの……」
「……それは…そうかも…」
立場上招待するゲストは錚々たる面子であったし、それによる気苦労も絶えなかった。クザンは見知った顔だから緊張などはなかったかもしれないが、それでも式の主役なのだからあっちにこっちに引っ張りだこで怠ける瞬間など一秒たりともなかったのだ。
「まあでもよかったんじゃない…楽しかったよ…」
「名前ちゃんがそう言ってくれるならよかったけど…」
海軍の皆さんがやってくれたサーベルアーチが壮観だったり、ブーケトスを大暴投した結果スモーカーさんの手に渡ってしまったり、センゴクさんのスピーチが長すぎて野次が飛んだりなど。思い返せば笑顔になってしまうような出来事がたくさん詰まっていた。疲労と同じくらい素敵な思い出を作れたのだから、やっぱりやってよかったとは思えたのであった。
「なーんかバタバタしてウェディングドレス姿の名前ちゃんを堪能できなかったのが心残りだわ」
「…さようですか」
不満げに呟いたクザンの感想に適当に返事をする。
「何度思い出してもめー……っちゃかわいかった」
メリアさんさんプロデュースで完璧に仕上げてもらって、まあ私もこの日のために多少美容を頑張ったりなどをしたので、当然と言えば当然である。クザンからの賛辞を当たり前に受け取ってふふんと鼻高々にしていると、床に伏していたクザンが体を起こして私を見つめた。
「もう一回着てくんない?」
まさかの要望にぱちりと目を瞬かせる。私はソファの上でだらけながら答えた。
「べつにクザンが着て欲しいなら何度でも着ますよ。…クザンのお嫁さんなので」
するとクザンがわっと顔を覆って再度床の上に転がる。
「おれのお嫁さんがこんなにかわいくていいのか…」
「いいんじゃない」
「最高……」
噛みしめるように呟いたクザンにちょっと面白くなってしまって、耐え切れずに口元から笑いがこぼれる。今日一日しゃきっとしていたクザンのこんな情けない姿を見れるのはたぶん自分だけなんだろうなあと思うと、なんだかじわじわと感じるものがあって笑みが止まらないのであった。
それって愛でしょ 番外編 1話
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