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あらかた海賊を捕縛し終わり、ようやく静けさを取り戻した辺りに深く息を吐きだす。
たまたま発見した弱小海賊団との戦闘だったため、海軍側は大した被害も出ずに戦闘を終えられたようだ。自分も後片付けや弾薬の補充を手伝わないと、と踏み出した瞬間ズキンと走った右足の痛みに顔を顰める。足元を見ると、自分が思った以上に流れている血に他人事のように「うわっ」と呟いた。

戦闘中はいつも無我夢中のため怪我に気づかないのは今に始まったことではないが、ここまでひどい怪我したのは久しぶりだ。思い出してみると、確かに乱闘中に相手の剣が私の足にかすった気がする。その時はかすった程度にしか思っていなかったが、どうやら結構深く斬られていたようだ。
戦闘を終えたばかりだからか、まだ痛覚が鈍く傷口が熱を持つ感覚だけがした。あまり動かない右足を見つめながら、医務室に行かなきゃとぼんやり考えていると、頭上からいつもの優しい声が降り注ぐ。

「どうかしましたか?」
「ぇ、えっ!た、大佐!」

かっと発火したかのように一瞬にして顔に熱が集まるのが分かる。突然声をかけられたことにパニックになって、何と言葉を返せばいいか私が考え込んでいる間に大佐の目線は私の足元へと落ちた。そして、見た目だけは随分と派手な怪我を見た大佐が驚きの声を上げる。

「大丈夫ですか!?」
「あ、だ、大丈夫です…たぶん…」

私のか細い答えはあまり聞き入れてもらえなかったようで、しゃがんだ大佐が「少し見ますね」と断って私の傷口を覗き込む。見た目ほどあまり痛みを感じていなかった私は、ただただ大佐の指が足に触れる感覚にどうリアクションをしたらいいのか分からず硬直した。

「結構深いですね…」
「あ、でも、あの、全然歩ける範囲なので…」
「無理に動くといけません。…すみません、失礼します」
「えっ」

しゃがんでた大佐が私を一瞥してそう言うと、大佐の手が背中と太もも裏に回る。状況を理解するより早く浮遊感が襲い、私は声すらあげられずに身を固くした。
体中を包み込む大佐の感覚。私の体に回った手も、すぐそこにある胸板も、何もかもから大佐の熱が感じられて死にそうになる。パニックとかそんなレベルではなく、大佐の胸板から聞こえてくる心音を聞きながら私は思考停止していた。

現実味がありすぎて現実味のない感覚に身を委ね、何も状況が飲み込めずにいたが、大佐が医務室のドアをくぐったことでようやく私の頭が仕事をし始める。ドクターが抱えられた私を見て目を見開いている様子に死にたくなっていると、大佐は私を優しくベッドへと降ろした。

「痛みますか?」
「す…少しだけ」
「…すみません、僕の目が行き届かずにこんな怪我をさせてしまって」
「い、いえ!これは私自身の失態で大佐のせいではありません!」

大佐に非なんて一つもないのでそこだけは強く否定したが、大佐も揺るがない瞳で私を射抜く。

「いえ、僕の責任でもあります」

そう強く言い切られてしまっては言葉を返すこともできずに、不甲斐なさでいっぱいになっていると、大佐の声音が少し心配の色をにじませた柔らかいものになる。

「とにかく完治するまで無茶はしないでください。業務も僕の方で何とかしておきますので」
「す…すみませ、」
「謝らないでください。今は怪我を直すことだけに専念してくださいね」

そう言うと、私に目線を合わせるようにしゃがんでいた大佐が立ち上がる。そしてドクターに「何かあればすぐに僕に知らせてください」と言い残してから、医務室を後にした。

しばらく医務室のドアの木目を見ながら呆けていると、私の傷口を見たドクターが「あ〜…結構ざっくりいかれてんな」と呟く。その言葉にハッと正気を取り戻した私は、慌ててドクターに顔を向けた。

「お手数かけてすみません…」
「お手数も何もこれがおれの仕事だよ。大佐のためにも早く完治させなきゃだな」
「たっ……!」

またもや言葉を失い絶句してる間に、ドクターが手慣れた手つきで私の処置をぱぱっと済ませる。「よし、あとは寝とけ。大佐命令だからな」とベッドに転がされシーツを被ると、段々と落ち着きを取り戻した頭が先ほどまでのことを思い起こさせた。

大佐のしっかりとした体つきをや耳元で響いた声がまざまざとよみがえり、体が否応なしに熱くなってくる。その熱が血の巡りを良くさせたのか、先ほどまで鈍く感じていた右足の痛みが増してきて思わずうめく。息が止まりそうではあったが確かに幸せだった大佐の熱を、思い出せば出すほどジンジン痛む右足を抱えながら、嬉しいんだが痛いんだが分からない涙が目尻に滲んだ。

私がベッドの中で様々なものと戦っていると、医務室のドアが開く音がして、聞きなれた声が響く。

「おい、大丈夫か。結構派手に怪我したらし…、」

医務室に入ってきて私のベッドへと近寄って来たであろう少佐の言葉が途切れる。多分少佐から見たら白い塊が何やら不明瞭なうめき声をあげているという奇妙な光景が目の前に広がっているのだろう。
私がシーツから顔を出すと、確かに心配そうにしてくれてる少佐の顔がそこにあって、思わず目尻に溜まっていた涙が枕を濡らす。

「お、おい、どうした」
「うっ………い、です…」
「は?なんて?」
「ううぅ……い、いたいです〜〜っ」

その涙のわけは絶対痛みからだけではなかったが、安堵感に任せて私は少佐に泣きながらそう喚くのだった。

*捧げ物


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