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全部、全部知ってるよ。
細かい作業が苦手なことも、字がそんなに上手じゃないことも、寝ぐせは直さないことも、兄弟が大好きなことも、太陽みたいに笑うことも、好きな子の前では微妙にかっこつけれないことも、絶対私のことを好きになってくれないことも。
私の恋心の自殺未遂はもうきっと数えきれないほどになっている。そんなこと、欠片ほども知らないだろうけど。

「告ればいいじゃん」

みんなの浮足立つ気持ちが漂う空気のせいで、私の心に訳もなく焦燥感が滲む。もう、いっそ私にとどめを差しきってほしくて、なげやりに口に出せばガムテープを伸ばしていたエースが目を見開く。

「おっ…まえなァ!そんな簡単に言うなよ!」
「だって、文化祭なんて多分そういう雰囲気になる人たちいっぱいじゃん。いい機会だと思うけど。というか早く留めて」
「でもよ、」
「エース、ズレてる」

エースの貼った曲がったガムテープがイライラしている私にはいやに気に障って、思わず剥がして貼りなおす。エースの頭の中はといえば、もう段ボールを繋ぎ合わせる作業なんてまるでないようで、先ほどの私の言葉にうんうんと唸っていた。
早くやらないと終わらないというのに、手は進めないエースに腹が立ってガムテープを奪い取る。黙々と一人で繋ぎ合わせて、真っすぐ綺麗に貼られたガムテープに少し満足していると「お前、そういう変なところ几帳面だよな」ぽつりとエースが呟く。

「気になるの。エースが雑すぎるだけ。で、告るの?」
「だァッ!!なんだよ、告んなきゃダメなのか!?」
「何もしないとどうにもならないと思うけど?」

うわ、ブーメラン。思わず心の中で嘲笑する。でも勝ち目のない戦はもともとしない主義なのだ、なんてただの臆病な自分への正当化に過ぎないが。

「…全然話したことねェんだぞ」
「一目惚れだもんね」
「言うな!」

情けない声を出しながら唸っているエースを放置して、教室の真ん中に置いてあるペンキを取りに行く。つんと鼻に来るキツイ匂いに少し顔を顰めながらペンキを持って戻ると、エースはまだ項垂れていた。それに構わず段ボールの前に腰を下ろして、シャツの袖のボタンを開ける。

「文化祭、一緒に回ろうって誘ったら」
「…は!?」
「チャンスじゃん」

シャツを肘辺りまでまくりあげてから、刷毛を手に取る。ペンキをたっぷりとしみこませた刷毛を滑らせて、真っ黒く塗りつぶされていく段ボールを見ながら、今の私の心みたいとぼんやり思った。

「……誘って、みるか」
「で、そのあと告れば」
「お前他人事だと思って!」
「いや、他人事だし」

なんで私なんかが親身になってあげないといけないのか。これでも我慢に我慢を重ねて助言してあげてるというのに。
それでも目の前で大して中身の詰まってない頭を捻って悩んでいるエースを見ると、口を出してしまいたくなってしまうのが、もうどうしようもない感じがする。

「エース、きっとあとで後悔するよ。善は急げって、いうでしょ」
「……」
「…今から誘いに行ってきなよ」
「や、準備…」
「さっきからほとんど仕事してないくせに何言ってんの。ほら早く行く!」

私が半ばキレ気味に叫ぶと、エースも腹を決めたようで勢いよく立ち上がって教室の外へと出て行った。どたどたと騒がしい足音が、遠くなっていく。

目の前からいなくなった途端、ぐらぐらと湧き上がるどこにもぶつけられない醜い感情と涙がせりあがってきて、思わず息を詰めた。教室で泣いたりなんかしたら、私の築き上げてきた色々なものが壊れる。ぐっと堪えながら、私は力強く刷毛を段ボールに押し付けた。

息がしづらいのはきっと、むせ返るようなペンキの匂いのせいだ。


黒に帰す


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