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最悪な日になるはずだった。

そこそこ長い間付き合った彼氏に唐突に振られ、苛立ちとか悲しみとかいろんなものが渦巻いて、夜中に泣きながら一人で歩いていた私。誰も見てないのをいいことに止めることもせずぼろぼろ涙を零していると、俯いて歩いていたせいで誰かとぶつかってしまってひっくり返る。彼氏に振られて、人とぶつかってコンクリートの上ですっ転ぶなんて、いよいよ惨めになってきた。

「す、みませ…っ」

涙を雑に拭って慌てて顔を上げると、ブロンドがきらきらと蛍光灯に照らされ、そのまばゆさに目を細める。高い鼻筋あたりまで伸びた、艶やかで指を通せばシルクのような心地がしそうなブロンド。顔は隠れているというのに、それでも美少年だとわかる外国人の男の子がそこにいた。
夢でも見てるんじゃないか、なんて私がぼけっとしてると美少年は私の顔を見て「うわ、」と呟いた。

「ひっでー顔してんな、オネーサン」

美少年の口から初対面の私に対してそんな台詞が飛び出たことに一気に現実へと引き戻される。泣き腫らした私の顔は確かにさぞ酷いことであろう。だがしかし、初対面でそれを言うだろうか。

「し、失礼な…!だって、しょうがないじゃない……」

地面に座りこんだまま、私がまたみっともなく涙を零し始めると、美少年が私に合わせるようにしゃがみ込む。そしてこてん、と首を傾げて私の顔を覗き込みながら、美少年は至極楽しそうに口の端を吊り上げた。

「なに?オネーサン男に振られたクチ?」
「やけに鋭いわね……そうよ、」

美少年の失礼な態度に涙が引っ込んで、思わず正直に答えてしまう。

「私可愛くないし面白みもなくて、付き合っててもつまんないって言われたの。はぁ…言い返せない自分が一番嫌……」

ただの初対面なら絶対にこんなこと言わないが、この失礼な美少年相手ならと頭の隅で思ってしまい、つい口をついてしまった。
冷静になると、事情も知らない男の子に何を言ってるんだろうと思ったが、それでも独白が止められない。吐き出すと、また情けなさやら苛立ちやらで涙が溢れてきて鼻をすする。
美少年も急に愚痴をこぼされて引いてるのかなんなのか、変な沈黙が流れた。

やっぱり言わなければよかった、と冷や汗を滲ませていると、急にがしりと美少年の白い手で顔を挟み込まれる。

「うえっ」
「きったねーなぁ」

そう言いながら美少年は服の袖で私の顔を乱暴にごしごしと拭った。涙以外のその他諸々も拭うものだから、慌てて止めようと手を伸ばす。

「ちょ、服汚れちゃうよ…!」
「別にあとで捨てればいいし」

洗うんじゃなくて捨てるのか、と性根が貧乏性のためにドン引きしてしまう。そんなことが許されるほど裕福な家庭の子なのかもしれない。ぜひとも親御さんに教育の仕方を聞いてみたいものだ。
美少年は私の顔についた色々なものを拭き終えると満足げによし、と呟いた。

「顔上げてみ?」

私の顔にかかっていた前髪を、美少年の細く白い指がはらう。無理矢理顔を上げさせられると、美少年はじっと私のことを見つめた。目は隠れているから本当に私のこと見ているのかは分からなかったが。

「んー、別に可愛いんじゃね?王子は別にブスだと思わないけど」

飛び出したとんでも一人称に気を取られ、勢いで突っ込みそうになったが何とか堪える。一人称もとんでもなかったが、聞き間違えじゃなければ美少年は今私のことを可愛いと言っただろうか。

「さっきひどい顔って…」
「色んなもん垂れ流しだったから酷い顔って言っただけだっつーの。別にブスって言ったわけじゃねーもん」
「そ…、そう…」
「それに面白くない女?って言われたんだっけ」

美少年はししっ、と独特な笑い方をしてみせる。

「ぶつかった初対面の男に振られたってわんわん泣き始める女なんてじゅーぶん面白くね?しししっ」

言葉にされると自覚がこみ上げてきて、顔に熱が集まるのを感じる。私が羞恥に震えてると、美少年ぱっと顔から手を離して軽やかに立ち上がった。

「ま、元気だせよオネーサン。男なんて他にもいっぱいいるぜ?」

励まされてるのだろうか、初対面の美少年に。だが不思議なことに先程まで泣いてたのが馬鹿らしくなってきた。

「ありがとう、」

すっきりした心持ちで素直にそう言えば美少年はまたししっと笑って、腰を折った。

「ま、どーしてもいい男が見つからなければイタリアに来いよ。王子のお姫様にしてやっから」

ふわり、と爽やかで甘い匂いが鼻をかすめる。男物の、香水の匂い。視界にブロンドが揺れると、おでこに柔らかい感触とリップ音。状況が理解出来ずにいると、愉しげな笑い声と共に美少年はコートを翻した。

「ばいばいオネーサン。夜道とマフィアに気をつけろよ、うししっ」

そしてそのまま颯爽と闇に消えていった美少年。私はといえば何が起こったのか飲み込むのにしばらく時間を要した。

「…えっ……まっ、えっ……?」

数分間その場で混乱していたが、暫く経つと頭が冷えて「…帰ろ……」と、本能を頼りににふらふら帰路についた。

今日は最悪な日だったが、不思議な美少年のおかげで、とりあえず明日も仕事は頑張れそうだ。

「……あの子、幽霊とかじゃないよね」

私の疑問に答えてくれる人はいなかった。


泣きっ面に美少年


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