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TopMainけっきょく仮死
暖かい家の中の空気から一変、ドアを開ければ肌を刺すような寒さ。寒さはやがて痛みに変わり、容赦なく感覚を麻痺させてくる。少しでも体の熱を逃がさないようにと身を縮こませながら家を出てすぐ、玄関先で懐かしい声がした。

「お、久しぶり」

嬉しさなのかときめきなのか緊張なのか、どきりと心臓が音を立てる。弾かれたように顔を上げれば、見慣れたようで見慣れない幼馴染の顔がそこにあった。

「どこ行くんだ?」
「え?こ、コンビニ」
「じゃあオレも一緒に行く」
「ええっ?」

ついて来ないでよ、なんて突っぱねる理由もないわけで、頷いた私は彰と一緒に冷えた空の下歩き出す。隣に立つのはよく見知った顔のはずなのに、まるで別人かのような雰囲気もして、変に胸がざわざわした。…また、身長が伸びた気がする。

「帰ってきてたんだ」
「去年も年末は帰ってきてただろ?」
「おばさんが帰ってこいって騒いだから渋々帰ってきたんでしょ」
「ん〜〜、まあ、」

歯切れの悪い返事に相変わらずだと思いつつ、ため息をつく。彰に本来なら帰ってくる理由なんてないのだ。これだから寂しいなんて思うのがバカバカしく感じて、必死に彰のことを考えないようにしてきた。
だというのに、会えて喜んでいる自分がいるのが滑稽すぎる。

「…久しぶり」
「久しぶり。髪伸びたな」
「一年も経てばね」

暗に皮肉を込めたつもりだったのだが、多分彰は分かってない。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんていうが、それは女子だって同じだ。そう言いきりたいのに、結局根っこが変わっていないから髪の話題に触れられたくらいで浮かれてるのだ、私は。

「彰は元気だった?バスケはどう?」
「どう……うーん、変わらずやってるよ」

昔から彰のそばにいたが、別に私はバスケに詳しい訳では無い。今の彰のチームの様子や学校のことなんて聞いても分からないことは目に見えているが、それでも当たり障りのない返事しか返ってこないのはどこか切なかった。
久しぶりに会ってもあまり続かない会話に胸がじくじく痛んでると、彰が唐突に「今度また試合があるんだけど」と呟く。

「そうなんだ。大切な試合?」
「大切っていうより、楽しみな試合だな」
「へえ…なんか珍しい…」
「見に来るか?」

さらりと告げられた誘いに心臓が鷲掴みにされたような緊張で息が詰まる。
神奈川と東京なんて、大した距離ではない。会いに行こうと思えばいつでも彰の学校には行ける距離だったし、試合も見に行けた。それでも行かなかったのは、私の知らない彰を見たくなかったから。

本当に、他所で私の事なんて思い出すこともせずに過ごしている彰を見たら、粉々に砕けてしまいそうで嫌だった。

「予定空いてたら行こうかな」

ようやく絞り出した空虚な相槌。聡い彰には気づかれていそうだったが、それでもいいと投げやりに思ってしまう。

「後で日にちと場所教えてよ」

こう言っとけば少しは嘘っぽくなくなるだろうか、なんて蛇足。知ってか知らずか彰は「わかった」と笑顔で頷いた。

コンビニに着いてお互い適当に買い物を済ませて、また大して弾まない会話をしながら帰路に着く。年が明けたらきっと親同士が挨拶くらいはするだろうから、顔を合わせる機会自体はある。しかし、二人っきりでゆっくり話せるのは多分これが最後だ。
なのに、鉛のような会話ばかりが続き、気分は沈んでいく。どうやったら打開できるのかなんて解決策が出る前に、いつの間にか自宅に戻ってきてしまっていた。

「…あっちにはいつ戻るの?」
「5日ぐらいだな。練習も始まるし」
「そっ、か」

後はそれじゃあと手を振って家に入れば良いだけなのに、その一歩が中々踏み出せない。
また私は、このままどうしようもない気持ちを抱えたまま一年過ごさなければならないのだろうか。この一年の後悔のようなものが私の後ろ髪を引く。

「…あきら、」
「ん?」

私の目線に合わせるように少し屈んだ彰のジャンパーを掴んで、乾いた唇を開く。

「風邪、引かないようにね」

やっとの事で言えたのは一見大したことではなかったが、今の私には精一杯だった。彰にも私の想いが伝わったのかどうかは分からなかったが、きょとんとした顔をしてた彰が柔らかく笑う。

「お前も風邪引くなよ」

大きな彰の手が私の頭を撫でる。その感触は、刺し込む寒さを吹っ飛ばすくらい私の体温を上昇させた。

「も、や、やめてよ」

俯きながら彰の手を弱々しく退けて、私は逃げるように家の扉に手をかける。

「じゃあね彰、良いお年を」
「ん、良いお年を」

ひらひらと手をふる彰を見てるのも気恥ずかしくて、私は勢いよくドアを開けて玄関に飛び込む。バタンッ、とうるさいくらいの音をたてながら閉めて、私は力なく玄関に座り込んだ。
込み上げる気恥しさと嬉しさにもだもだするのは、随分と久しぶりな感覚で。中学の頃はよくこんな風に悶えていたなと懐かしく思う。少しだけあの頃に戻れた気がして、見上げる天井があつく、ぼやけた。

色褪せたと思っていた世界は、案外簡単に色づくようで。


けっきょく仮死


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