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TopMain枝伝い
ひやり、とした空気に目が覚めて、瞳を開ければ無機質な部屋。
素肌に触れる冷気に身を震わせて、温い毛布に肩まで身体を潜り込ませる。ぼんやりと眠気にゆらゆらしていると、後ろの男の寝息が段々と気になってきて、気怠い身体を捩らせて振り返る。

彼の性格を考えれば、誰かの前で無防備に寝てる姿というのは普通なら考えられない。しかし今こうして目の前で寝ていることに、優越感が顔を覗かせる。寝首をかこうとしたら勿論私が殺されるんだろうけれど。

彼の寝顔にじんわりと胸に幸せが滲むと同時に、別に彼と愛を紡ぎあえるような関係ではないという事実が舞い上がった気持ちを底冷えさせる。
こうして悶々と考え込んで、一人で落ち込むのはいつもの事だ。一糸纏わぬ姿で同じベットに寝ていても、彼に触れて寝顔にキスをして愛おしむことはできない。
普段は余計なことを考え始める前にベッドから抜け出し部屋から立ち去るが、今日は外の雨の音が私をその場に留まらせた。

じわじわと視界を濁らせる涙を拭いもせずに枕を濡らしていると、小さく呻いて息を吐き出した彼の瞳が薄く開かれる。それでも零れる涙を拭う気分にはならずに、そのまま彼のことを見つめていると、段々と覚醒し始めた彼の瞳が私を捉えて、何だかとても微妙な顔をした。

「……なにしてる」
「……なにも。寝顔見ていただけ」
「……、」

何故泣いているのか、と言葉にはしなかったが、そう言いたいのだろう。額に寄った眉根が物語っている。

「…べつに、気にしないで。そういう気分なの」

彼はそれ以上追求しなかった。女という生き物が心底分からない、とでも思っていそうだ。
面倒な女にランクインしたかな、と他人事のように現状を分析していると、筋肉質な腕が私の身体を強く引き寄せた。

「な、に…」

触れ合う素肌から伝わってくる体温に、感情が昂ってどうしようもなく泣きたくなる。
逞しい腕の中で茫然としていると、彼の手が気まぐれに私の髪を梳いた。

「…そういう気分なだけだ」

寝起きの掠れた声で、至極どうでもいいみたいな声音で言うわりには、不器用すぎる気まぐれな優しさがそこにあるような気がした。
そして「おれはまだ寝る」と呟いて、私の肩口に顔を埋めた彼は本当に寝に入ろうとしているらしい。

溢れる涙は先ほどより確実に量が増えており彼の髪を少し濡らしていたが、別に咎められることはなかった。
私は湧き上がる様々な感情のまま涙を流し続け、やがて一緒に二度寝をしていた。


枝伝い


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