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明日が休みというだけで気持ちが伸び伸びとして最高だというのに、それに拍車をかけるように目の前に鎮座するイチゴタルト。ナパージュが施されているイチゴは大げさなほど艶を纏い、私の視界をきらきらと輝かせた。
コーヒーに口をつけてから、フォークを手に取る。おずおずと刺し入れると、さくりとタルト生地の小気味よい音が響いた。一口分にしては大きめにとれたそれを頬張って、イチゴの甘酸っぱさとカスタードのとろける甘味、タルト生地の香ばしさに舌鼓を打つ。幸せな心地に酔いしれ声を漏らすと、目の前の仏頂面と視線がかち合った。

「なに」
「…いや、」

ローの視線が黙ってタルトに注がれる。口にせずとも、その顔にはありありと「甘そう」というローの素直な感想が書かれていた。

「どうぞトラファルガーさんはコーヒーをすすっててください」

また大きめに頬張り、口の中に広がる幸せに顔が緩む。ローは言われた通り、というわけではないが、コーヒーに口をつけて手元のスマホを弄っていた。

ぱくぱくと止まることなく食べ進め、あっという間にタルトの背の部分にまで到達してしまい、一抹の寂しさを感じる。しかし、タルトを食べるにあたって一番の楽しみと言っても過言ではない、最後のタルト生地部分。また新鮮な気持ちが舞い戻ってきて、わくわくした私は思わず口を開く。

「タルトの端っこって一番美味しくて好き」

そう零すと、またスマホから顔を上げたローがじっとタルトを観察したのち、小さく鼻で笑う。

「ならクッキーでいいだろ」
「夢のないこと言う男は嫌い」

たとえ成分が一緒だとしてもそれは天と地ほども違う。何がどう違うか語ったところで、この男は一ミリも理解しないだろうし、理解してほしい気持ちも全くないため、私は最後のタルト生地をひとりで名残惜しみながら食べた。
そういうロマンは分からない男だともう何年も前から分かっているので、別に咎めることはしないが。

「明日は?」
「午後が休み」

スマホに指を滑らせ、お目当てのページを開いてから腕を伸ばして掲示する。

「コーヒー美味しいんだって。あと近くの本屋にも行きたい」

突き出されたスマホを受け取り、カフェの情報に目を通したローが怪訝そうに私を見つめた。

「お前、またタルト食うのか」
「悪いですかあ」
「いや…ただ、」
「…ただ?」

何か余計なことを言い出すんじゃないかと身構えていると、ふっと、笑いとも吐息ともとれる柔らかな音がこぼれる。

「明日タルトを食った時には、タルトの端もクッキーも変わらねェと思ってそうだな」

煽るような意図はなさげなその言葉に数秒呆けてしまったが、段々と意味を理解して、気づいたときには納得していた。

「たしかに…」

気の抜けた私の返事がおかしかったのか、ローはくつくつと笑いながら席を立つ。シャワーに向かう背中を見送りながら、返却されたスマホに視線を落とす。
おすすめ、と表示されたフルーツタルトへの気持ちは、イチゴタルトを食べる前より確実に熱が冷めており、 このカフェはまた別日にしようと決めたのだった。

案外ローは私が言う安っちいロマンも理解しているらしい。


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