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TopMain通りすぎる幸福
「付き合ってどれくらいになるの?」

常連のお姉さんの一言により、私は初めてクザンと出会ってからのことを指折り数えた。そんなの気にしたこともなかったのだ。

「えーっと……今月でちょうど一年?かも」
「なあにその不確かな情報。記念日なんじゃないの?」
「記念日…?」
「あー、なるほど。気にしない系ね」

お姉さんはふうんと面白く無さげに息を漏らして「淡白ねえ」と呟いた。淡白、と評されたことに結構なカルチャーショックを受けた私はその日、部屋に戻ってから去年のカレンダーを辿った。
こうしてみると、確かにもう一年経つのか。それぞれの季節をなぞるように思いだすと、なるほど。もうすでに四季を共にしている。
じわじわと湧いてきた実感に、なんだかこそばゆいものがあって私はカレンダーを伏せた。別に、クザンは覚えていないだろうし。今更何をするわけでもないのだが。


「今日って何の日か分かる?」
「え?」

クザンは私の言葉にコーヒーを飲もうとしていた手を止める。見た目だけは立派に頭を悩ませてみせるクザンを愉快な気持ちで見つめていると、うんうん唸った末、自信なさげに口を開いた。

「ボルサリーノの誕生日…?」
「もうちょっと先じゃなかった?」
「いや知らねェ。別に知りたくもねェけど…」
「ちょうど、付き合って一年みたいだよ」
「へっ?」
「今日」

ず、と私が紅茶をすすると、クザンはみるみる顔を青くして、賛辞を贈りたいほど綺麗な流れでこうべを垂れた。

「申し訳ありませんでした」
「いや別に、私もつい最近まで忘れてたというか、知らなかったからいいんだけど」
「あっ、そうなの?」

あからさまにほっとした様子のクザンは、修羅場を潜り抜けたかのような長い息を吐きだした。そんなに私が怒ると思っていたのか。まあ恐らく、痛い目を見た経験が過去にいくつもあるのだろう。知らないけど。

「覚えてないって話したら、常連の人に淡白だねって言われた」
「あ〜……」

自分も覚えてなかった以上、肯定の言葉も否定の言葉も発することができないクザンが曖昧な相槌を打つ。そんなんだから過去にもこっぴどく怒られたんじゃないのか。

「記念日とか、どうでもいいわけじゃないよ。なんていうか…記念日だからめでたいって感じじゃなくて」
「?、うん」
「年月を重ねたって事実が嬉しいの。それこそ、記念日を祝う習慣なんて何年、何十年って一緒にいたら風化しちゃうでしょ。風化しちゃうことの方が、なんか幸せじゃない?それだけ一緒にいられたってことだし…」

言葉にしてから恥ずかしくなった。ただの私の価値観の話のつもりだったのだが、これってひょっとして熱烈な愛の言葉に聞こえなくもないんじゃないだろうか。恐る恐るクザンを見上げると、口元に手を当てて大袈裟なリアクションをとっていた。

「ぷ、プロポーズ…」
「ふざけるな。それはクザンの仕事でしょうが」
「ハイ」

ぴしゃりとした私の声にクザンは瞬時に居住まいを正す。クザンはまだ飲み込めていなかったようだけど、次いで更に恥ずかしい台詞を言った自覚は私にはあったので、思わず立て続けに口を開く。

「まあ今の話は置いといて…プレゼントは欲しいけどね。お祝いの気持ちはいらないから」
「あけすけ〜…」

本当は、プレゼントだっていらない。平和ボケしている私でも、クザンが海軍であることは一度だって忘れたことが無い。自分じゃない誰かのために、いつ死んだっておかしくないクザンと一年、また一年と刻んでいけるのならば、それ以上に望むものは多分ない。

「来年はちゃんと用意します、はい」
「それリマインダーは私なんじゃないの」
「否定できねェ……」
「別にいいけど。変なもの買ってこられても困るしね」

それもそうか…、と納得しているクザンの視線がぱっと私に向く。卓上にあるクザンの手に私が触れたから驚いているのだろう。クザンはすぐに小さく笑って、するりと私の手を包み込んだ。この手、しわしわになるまで繋いでいられるのかな。感傷的になりながらも、後でクザンに何をねだってやるか考えている自分もいて、平和ボケしてるなあと噛み締めた。

*サイト1周年記念


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