隣にあるもの
ドタドタドタドタ・・・
あぁ、来た。
いつもの騒がしい奴。
後5秒でこの扉をノックもせずに勢いよく開けるんだ。
5
4
3
2
そして、第一声は・・・
「モブリット!!」
**
「ちょっと聞いて!モブリット!」
「何?」
突然、ハンジ分隊長の執務室の扉を勢いよく開けて意気揚々と話し出したのは、俺の後輩のナマエだ。
3年前に調査兵団に入隊した彼女は、俺も所属する第四分隊ハンジ班のメンバーだ。
「兵長に紅茶のお裾分けを貰っちゃった〜♡」
そんな彼女は、人類最強とされるリヴァイ兵長に、今はもっぱら夢中らしい。
些細な出来事を事細かに俺に嬉しそうに報告する姿は、可愛らしくもあるが、正直毎日朝から晩まで聞かされる身にもなれば、溜息さえも溢れる。
「あ、そう。
またどうせ同期のペトラか誰かに頼んで、無理やりくすねたんじゃないの?」
「ひどい!無理やりだなんて!
た、確かに、ペトラが兵長のお茶を淹れるって言うから、ついて行ったってのは否めないけど・・・」
「ほら、やっぱり。
で、どうせ『この紅茶、美味しいですね〜、私にも葉を少し分けてください〜』とか言ったんだろ?」
「うぐ・・・
なんで、モブリットって何でもお見通しなの?」
「そりゃ、毎日毎日聞いてたら、ナマエの行動くらいすぐわかるよ。」
「いぃぃぃぃいっ!!
私のことそんな風に無下にして!!
モブリット、嫌いっ!!」
頬を膨らませてそっぽを向くナマエ。
入隊した当初は、初々しくて素直に何でも文句ひとつ言わずに行動していたのに、3年という月日はこうも人を変えてしまうのか・・・
俺より歳下なのにも関わらず、敬語は話さなくなるわ、態度はデカくなるわ、俺っていったいどんな扱いなの?と疑問を抱かないわけにはいかなくなるよ。
ハンジ分隊長もしかり。
うちの班にはまともな人間はいないんだろうか。
ドタドタドタドタ・・・
あぁ、次は本元が来たか。
そう思ったのも束の間、再び勢いよく執務室の扉が開かれ大きな声が響き渡る。
「モブリット!!」
眼鏡を怪しく光らせながら現れたのは、何を隠そう我が班の班長、ハンジ分隊長だ。
そうか、ナマエのこの3年間の変貌は、この人に影響されているのか・・・
そう思わずにはいられないほど、最近のナマエと分隊長の行動は瓜二つだ。
「なんだよ、モブリット。浮かない顔して。」
俺が余りにも無反応だったからか、分隊長は怪訝な顔をして俺の顔を覗き込む。
「ハンジ分隊長、お疲れさまです!」
突然横から敬礼して分隊長を迎え入れたナマエは、目を輝かせて分隊長に寄っていく。
俺には馴れ馴れしい態度を取るナマエだが、元々彼女は礼儀正しく、ハンジ分隊長のことは心底尊敬しているようで、分隊長の横にいる時はいつも目を輝かせている。
かといって、ハンジ分隊長ほど周りが見えなくなるまで自分の世界に入り浸ることもないし、状況判断も素早く分隊長からの信頼も厚い。
本当にバランスの取れた、優秀な兵士だと思う。
俺への態度を除けば・・・
「あぁ、ナマエ!!ちょっと聞いてよ!!
こないだ捕獲した巨人から、すっごく貴重なデータが取れてね!!
今すぐ見に来て欲しいんだ!!」
「え?ハンジ分隊長、午後から会議じゃ?」
「そうですよ、分隊長。
こないだも会議すっぽかして、エルヴィン団長にお叱りを受けたばかりじゃないですか。」
「巨人の話は会議が終わってから私がじっくり聞きますから。」
「資料は私が用意しておいたので、行きますよ!」
ナマエと俺が畳み掛けるように分隊長へ助言。
これは今に始まったことじゃない。
ごく普通のいつもの風景。
「なにさぁ!二人揃って!このお節介夫婦!!」
「「誰が(ナマエ/モブリット)なんかと!!」」
「ほら、言わんこっちゃない!」
くくく、と肩を震わせて笑う分隊長に、これでもかと不満を露わにするナマエ。
いや、ナマエ。
不満を言いたいのは俺だよ。
なんで兵長第一主義の君と夫婦呼ばわりされなきゃいけないんだ。
そもそも、俺は君にとって都合のいい相談相手だしな。
全くもって腑に落ちないよ。
「さぁ、分隊長。
急いで団長室にまいりますよ。」
溜息をひとつ吐いてから、資料を脇に抱え込み、ハンジ分隊長の腕を引きながら俺は執務室を後にした。
「ナマエ〜〜〜!
絶対会議終わったら話聞いてよね〜〜〜!」
「勿論です!!」
分隊長の叫びとナマエの元気な声を後ろに、俺はまたひとつ溜息を吐いた。
**
「あぁ、またモブリットと夫婦扱いだよ〜。」
ハンジ分隊長とモブリットが出て行った執務室を片付けながら、私は溜息を吐く。
私はリヴァイ兵長を好きだってのに、
ハンジ分隊長だってそれを知らない訳じゃないのに、
なんだってそんな冷やかしを入れるんだか。
まぁ私がリヴァイ兵長に叶わぬ恋をしていることくらい、自分でも解ってはいるんだけどさ。
けど、余計な噂なんかが立ってしまったら、それこそ望みが全く無くなっちゃうじゃない?
会議から帰ってきたら、ハンジ分隊長にはもっとしっかり釘を刺しておかないと。
それに・・・
これは私しか気付いていない事だとは思うんだけどね。
モブリットって、今エルヴィン団長の側近の新兵のソフィアにお熱なんだよねぇ・・・
それは、ひと月ほど前。
いつものように、ハンジ分隊長の代わりに団長室に頼まれていた書類を届けに行った時のこと。
団長室の近くに辿り着いた時、団長室の前で顔を赤らめながら誰かと話をするモブリットの姿を見かけていた。
「・・・・・・なんですか?」
「あ、あぁ・・・そうなんだ。」
「わぁ!モブリットさん、凄いですね!」
「そ、そんなことはないよ、あれは・・・」
モブリットの目線の先には、エルヴィン団長の側近の新兵のソフィア。
世間話をしているだけのようだけど、明らかにモブリットの様子がおかしい。
照れ隠しのためなのか、右手は仕切りに頭の後ろを掻いているし、見たことのない優しい笑みを浮かべている。
私だって団長室に用があってここに来たのに、そんなドアの前で仲良くされちゃったら、出て行く隙もあったもんじゃない!
だから、しばらく話が終わるまで、2人に見つからない廊下の角の影で時間を潰したってわけ。
いったい、いつになったら終わるの?と思いながらも、顔がニヤけるのは避けられなかった。
そしてね、その後にこっそりモブリットに事実を問い正したら、これが全くもって否定しない。
ひゃー、思い出すだけでにやけちゃうよ。
あの世話好き堅物のモブリットが、おどおどしながら顔を赤らめてるんだよ?
これは応援しない訳にはいかないってもんでしょ!
にまにまと執務室の整理をしながら先日のモブリットのことを思い出していたら、再び勢いよく扉が開かれる。
「ナマエ!戻ったよ!
さぁ、実験室に行こうか!」
会議も終わったのか、意気揚々と執務室へ戻ってきたハンジ分隊長。
だけど、その横には片腕のモブリットの姿はなかった。
「あれ、随分早くないですか?
しかも分隊長、モブリットは・・・?」
「あぁ、モブリットね。
まだ団長室に残って雑務を任されてるよ。」
「ええっ!?それ、分隊長の仕事なんじゃ!?」
おおまかな要素の全体会議の後は、大抵細かい打ち合わせが個別に行われていると聞いたことがある。
きっと、モブリットの雑務とはそれだろう。
あっけらかんと答えるハンジ分隊長だが、全くもって悪気は無いように見える。
「だって〜、面倒じゃん!
モブリットもやってくれるっていうからさ。
甘えて帰って来ちゃった。」
「分隊長〜!もう、モブリットがいなかったらどうするんですか!?」
「その時は、嫁のナマエにお願いするよ!」
「だからですね〜、私とモブリットは、」
「あ!ナマエ!
エルヴィンにこれ渡すの忘れてきた!」
私の話はこれっぽっちも聞く気もなく、私の言葉を遮って、分隊長は団長に提出し忘れたという書類をピラピラと私の目の前で踊らせる。
もう・・・本当にこの人は・・・
「もうっ、しょうがないですね。
私が持って行ってきます。」
「助かるよ〜!流石ナマエ!」
世話がやける上司だなぁ、と思いながらも、なぜか憎めないハンジ分隊長。
そして、普段こんなにも自由気ままに生活しているように見えて、いざとなったら冷静沈着に物事を判断し、尚且つ部下想いなところは、誰もが一目置く存在であることは言わずもがなだ。
そのギャップこそ、私が憧れるところでもある。
しかし、モブリットは団長室に残って雑務をこなしている?
となると、ソフィアともしかしたら一緒に仕事をしてたりしてね。
なんだかそんなことを想像してしまうと、またにまにまと頬が緩んでしまう。
上手くいくといいなぁ・・・
そんなことを考えながら、団長室へ向かった。
コンコン・・・
「失礼します、第四分隊のナマエです。
ハンジ分隊長に頼まれて書類をお持ちしました。」
部屋をノックし軽く敬礼をして団長室に入ると、エルヴィン団長がにこやかに迎え入れてくれる。
「あぁ、ナマエ。すまないな。」
部屋に入るなりキョロキョロと辺りを見渡すが、モブリットはもういないようだった。
「今から私は少し出るが、誰か探しているのか?」
私が不自然に団長室を見渡していたので、エルヴィン団長は疑問に思ったのか首を傾げている。
「あ、団長。あの・・・ソフィアは?」
「あぁ、ソフィアかい?
私は今から外出するから、休憩を与えたよ。
何か用があったか?」
「い、いえ。
たいしたことではないので、大丈夫です!
すみません、では失礼します!」
団長室を出て、ひとり考えを巡らせてみる。
モブリットもいなかったし、ソフィアも休憩中みたいだし、もしかしてモブリットはソフィアと・・・?
そんな妄想がただただ膨らむばかり。
むふふ。
モブリット、良いことあるといいなぁ・・・
鼻歌を歌いながらハンジ分隊長の執務室へ引き返す。
後でソフィアとのことをモブリットに聞かなくちゃ!
そう思っていた矢先、目にしたのは思いもよらない光景だった。
廊下の窓越しに映るソフィアの姿。
だが一緒にいるのはモブリットじゃない。
それはソフィアの同期の新兵の男の子。
しかも・・・
「えっ・・・」
二人は仲睦まじくキスなんかしちゃってる。
時が止まったかのように、その二人の姿を見守るしか術がない。
なんだか、まるで自分が失恋したかのような気分。
あの、顔を赤らめて話するモブリットの姿が脳裏をよぎる。
モブリットは知っているんだろうか・・・
そんなことをただただ考えながら、私は呆然とその場に立ちすくんでいた。
「ナマエ、何サボってるんだ?」
呆然と廊下の外に目をやって立ちすくんでいると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
今この光景をその声の主に見せてはいけない。
咄嗟に振り向き不自然なテンションで答える。
「ちょ、ちょっと、モブリット!!
モブリット、こそ、サボってるんじゃ、ないの!?
ささ、早く、分隊長のところに、戻ろう!!」
「なぁ、ナマエ。
何か隠し事してるだろ?
俺がお前の挙動不振に気付かないほど、鈍感だと思うか?」
「い、い、いや・・・
たいしたことじゃ、ないから・・・」
必死になってモブリットの背中を押してその場を去ろうとするが、その努力の甲斐も虚しく、モブリットの目の色が変わる様子を垣間見る。
あぁ、間に合わなかった・・・
窓の外の方向に顔を向け、遠くを見つめるようなモブリットの瞳。
自分のことじゃないけど、胸が痛くなる。
「ねぇ、モブリット、まだあの二人付き合ってるとかじゃないかもしれないし・・・」
そう言ったところで、モブリットは私の頭にポンと手を乗せくるりと後ろを向く。
「分隊長が待ってるだろ?
巨人の話、今日も長そうだな。」
「そ、そうだね・・・」
ねぇ、モブリット?
顔は見えないけど、今絶対傷ついているよね?
モブリットの気持ちを考えると泣きそうだよ。
**
「あぁ〜、長かった・・・」
結局、あの後無言のモブリットと執務室に戻ると、ハンジ分隊長に今捕獲している巨人の所に早々と連れられ、延々と実験の考察について語られていた。
“ナマエごめん!すっかり遅くなっちゃったなぁ!”と分隊長は謝っていたけど、夕飯時をすっかり過ぎてしまい、食堂はもう閉まっている時間。
流石にお腹はぺこぺこだし、こっそり兵舎を抜け出して、何か食べ物でも買いに行かなくては、明日までとても持ちそうにない・・・
そう思いながら、分隊長から頼まれた荷物の片付けに執務室を訪れた。
「あぁ、ナマエ。
まだ分隊長の相手してたの?」
執務室の奥で何やら書類仕事に勤しんでいたのは、この部屋の住人と言っても過言ではないモブリット。
まだハンジ分隊長に成り代わって、仕事をしている様子だ。
「モブリットこそまだやってたの?」
「そりゃ、自分の訓練の後に執務室に戻ったものの、分隊長今日は一日中君と実験してただろ?
やらなきゃいけない報告書、全く手付かずだったからね。」
「モブリットもいつもいつも大変だね。」
「まぁ、それはお互い様だろ?」
「それは言えてるけど・・・」
そう言うと、また机の上の書類にペンを滑らせている。
いつも不憫に思えるモブリットだが、今日は昼間の思いもよらないソフィアの目撃も相まって、尚一層その背中が寂しそうに見える。
後輩の私が言うのもなんだけど・・・
「ねぇ、モブリット。
私お腹ぺこぺこだから、ちょっと兵舎を抜け出して何か買ってくるよ。
モブリットも何かいらない?」
「なに、ナマエ。
晩飯飛ばされたの?」
「いやぁ、時間は知ってたけど、分隊長の話から抜けられなくて・・・」
そう言うと、モブリットは深い溜息を吐く。
「はぁ・・・
じゃあ、ちょっと一緒に付き合って。
後輩にこんな夜に一人で買い物行かせるほど俺も馬鹿じゃないし、それに、俺も飲みに行きたい。」
そう溢すと、モブリットは書類をトントンと整理し、脱いでいたジャケットを羽織った。
**
「はぁ!生き返る!!」
飲み屋の一角で席に付いていたナマエは、注文していた食事が運ばれてくる度に、それらをがっつくように平らげていく。
「お前なぁ、一応女なんだから、もっとお上品に食べられないの?」
俺は既に食事を終えていたので、横でナマエが食事する様子をまじまじと見ながら、お酒を嗜んでいた。
「なに、モブリット。
こんな所でも世話焼き?
私のことなんかほっといてくれていいよ。」
相変わらずのタメ口。
全く可愛げのない奴。
「いいや、先輩に馴れ馴れしくするお前は、もう少し教育がいると思う。」
「他の先輩の前じゃ、私礼儀正しいよ?」
「あ、それ、認めるんだ?」
「だって、モブリット優しいし、いつも一緒にいるから気を使わなくていいかな、と思って。」
「は?俺の意見もなしに、なんでそんな結論になるわけ?」
ナマエに不満たっぷりの視線を送ってはみるが、特に悪そびれることもなく、ウエイトレスに追加の注文をお願いしている。
まぁ、今更ナマエに可愛げを求める俺も、何か間違っているか・・・
しかも、昼間の失態。
絶対こいつは俺の動揺に気付いていたはずだ。
気付かれたのがまだナマエで良かった、なんて考える俺も、随分ナマエに心許してるとしか思えない。
「まぁどうせ、俺なんてさ、分隊長の世話をしながら生涯を終えるんだよ。
アンナの好きに扱うといいよ。」
突然の俺の投げやりな言葉に驚いたのか、目を丸くしてナマエは俺を見つめた。
「何言ってんの!ほら、モブリットだって、評判悪くないんだよ?」
「どんな?」
あからさまに不機嫌たっぷりの顔をしながら、横目でナマエを見る。
何?慰めようとしてくれてるの?
慌てた様子で一生懸命言葉を選ぼうとしているナマエが滑稽だ。
「本当にみんなよく言うんだけどさ、結婚するなら絶対モブリットみたいなタイプがいい!って。
私もそれめちゃくちゃわかるよ!」
「あぁ、それ?もう聞き飽きたよ。」
「は?」
「だってさ、結婚するなら・・・とか言われても、付き合う過程がなかったら、結婚まで発展しないし。」
「なにそのマイナス思考。」
「いいや、優しいとか結婚したいとかみんな言ってはくれるけどさ、勿論それはそれで嬉しいんだけどさ、逆に言うと、俺ってそれ以外褒めるとこないんだよ。」
よく耳にする俺の評判。
まさか、ナマエにまで言われるとは思わなかったな・・・
「な、」
「現にナマエだって、結婚するなら俺みたいな男って賛同してくれたとしても、現実は兵長みたいなタイプが好きだろ?それが答えだよ。」
「・・・・・・」
何か言おうとしたナマエを遮ってそこまで言うと、ナマエはすっかり黙り込んでしまった。
**
「俺の愚痴ばっかりで悪かったな。
今頃になって反省してるよ。」
飲み屋を出た私たち。
モブリットは、少し反省した様子で私に言う。
飲み屋でぐだぐだと飲んだり食べたりしているうちに、すっかりと遅くなり外は冷え切ってしまっていた。
「いいよ、いつも分隊長のお世話で疲れて発散するとこないだろうし。」
少し肌寒く感じながら、両手で腕を擦りながら答える。
確かに今日のモブリットはらしくなかった。
何度もお酒のおかわりを頼んでは、ぐいぐいとそれを飲み干し、私に愚痴や嫌味ばかりを口にしていた。
まぁモブリットに嫌味を言われたところで、それがどうとか思うこともないけれど、流石に今日の様子からは、普段の疲れがどっと出てきたといった様子にも感じ取れた。
「ははっ、確かに。
ナマエくらいにしかこんな愚痴言えないな。」
「愚痴くらいいつでも聞くよ。」
「そうだな、また頼むよ。」
そう言って、モブリットは無邪気に笑う。
堅物で世話焼きのモブリット。
まぁそんなモブリットが私を頼ってくれてるのかなと思うと、なんだか嬉しい気もしない訳でもない。
お互い、世話の焼けるハンジ分隊長の部下だからね。
支え合っていかなきゃね。
「でも、今度は私の惚気話も聞いてよね。」
「何?兵長となんかいいことあった?」
モブリットが悪戯に私に問いかける。
「全く!」
「だろうね。」
「は?なんでよ!」
「だって、ナマエにそんな度胸があるとは思えない。」
「ええっ!?その言われよう、酷くない!?」
「事実だし。」
ケラケラと笑いながらそう答えるモブリットは、今日一番楽しそうに見える。
「くやしー!!
絶対次飲みに行く時は、驚かせるような報告するんだから!
いぃーっ!!」
「わかった、楽しみにしてるよ。」
怒り心頭の私の頭を、モブリットはポンポンと撫でる。
もうっ、子供扱いして!
だからモブリットには敬語なんて使いたくなくなるんだよー!!
そう会話し笑い合いながら、私たちは兵舎への帰り道を歩いた。
肩を並べて私の隣で歩調を合わせて歩くモブリット。
それは、当たり前のようにとてもごく自然な様子で・・・
**
次の日の夕飯時。
今日も一日疲れたなと思いながら、俺は食堂で席に着いた。
すると視界に、珍しくナマエが積極的に兵長に話しかけている様子が飛び込んでくる。
昨日の俺との話を実現するために頑張っているんだろう。
あんなに顔を紅くして、何やってんだか・・・
また近々飲みに誘って冷やかしてやらなくちゃな。
ふと、食堂の入口に目をやると、ソフィアが昨日の彼と仲良く話しながら入ってくる。
やっぱそうだよな。
小さな溜息が漏れるが、不思議とショックはない。
元から諦めが入っていたんだろうか。
まぁ昨日、あれだけナマエに散々愚痴を溢していたから、どこか吹っ切れた自分がいるんだろう。
そう思うと、生意気なナマエにも多少は感謝するべきかな。
バタバタバタバタ・・・
「モブリット!!」
「何?」
相変わらず、ハンジ分隊長の執務室の扉を遠慮を知らずに開け放つナマエは俺に叫んだ。
「モブリット!今日の私の報告、ビックリするよ!」
「ん?」
意気揚々と話すナマエの様子に、書き物をしていた手を止め顔を上げる。
「今度、兵長とデートするんだ。」
「・・・え?冗談だろ?」
「冗談じゃないよ、ホントだよ!
こないだの休日に紅茶の美味しいお店を見つけてね、それを兵長に話したら場所を教えて欲しいって。
来週の休日、兵長休みを合わせてくれるみたいだから、一緒に行くことになったの!」
あぁどうしよう、何着ていけばいい?などと、そわそわした様子で俺にアドバイスを求めるナマエ。
いや、ナマエよ、俺男だぜ?
そんな相談、同期のペトラにでもしてくれよ。
そもそも、これでも俺は君の先輩なんだ。
「そう、良かったね。」
呆れた口調で、それだけ返事すると、再び書き物に手をかける。
いや、まてよ。
また今度ナマエを冷やかしに飲みに誘おうと思っていたけど、仮にもナマエは女の子な訳で、ナマエが兵長と万が一でも上手くいくことがあったならば、二人で出掛けるのはまずいのか。
そんなこと、全く考えたことなかったけど、俺も大概だな。
**
それから、あっという間に兵長とデートの日がやってきた。
「わりぃ、待ったか?」
リヴァイ兵長が、私に声を掛ける。
兵長に待たせるなんて失礼なことできない!
そう思った私は、待ち合わせ場所に一時間も早めに到着して兵長が来るのを待っていた。
・・・が、そんなことは言えるはずもない。
「いえ、ワタクシもさっき来たトコロでありまする・・・」
ほえ?私何言ってんの?上手く話せないよ。
しかしリヴァイ兵長、いつもの兵服姿も超!カッコイイけど、私服姿もとても目の保養になります!!
目のやり場に困る・・・
「おい、何ボーッとしてるんだ?
例の店はどこだ。」
「は、はい!すみません!
この道を真っ直ぐ行って、パン屋の角を右に曲がったところにあるんです。」
「ならこっちだな・・・」
そう言うと、リヴァイ兵長は先々と歩いていく。
そんな兵長の後ろを、置いて行かれまいと慌てて追いかけるようについていく。
今歩いている商店街には、可愛い雑貨屋さんや、美味しそうなお菓子屋さんも並んでいて、そんな気になるお店も横目に入るけど、そんな誘惑にも負けずにただひたすら兵長の後ろをついていく。
兵長と今二人きりなんだと思うと、ドキドキが止まらない。
だけど・・・
少し前を歩くリヴァイ兵長。
その背中はカッコイイし、何より憧れ。
だけど、だけど・・・何か物足りない。
こないだモブリットと飲みに行った帰りは、笑い合いながら隣を歩いてくれていた。
兵長とモブリット、私にとって正反対の二人だけど、何故か比べてしまう。
どうして?こんな時に・・・
ぶんぶんと頭を振るけど、モブリットのことが常に頭をかすめる。
大好きな兵長といるのに、なんで・・・?
結局、お目当ての紅茶屋さんで買い物中もモブリットのことで頭がいっぱいで、上の空だった私。
兵長に“具合悪いのか?そんな時に悪かったな”と、変に気遣いまでされてしまい、買い物が終わると早々に兵舎まで連れ帰られ、あんなに楽しみにしていたデートの結果は散々なものだった。
紅茶屋さんで私が買ったのは、紅茶味のクッキー。
ほろ苦いそのクッキーは、何故かデート中に頭を占領していたモブリットにでも食べて貰おうと思い、帰って早々ハンジ分隊長の執務室へ向かった。
その途中・・・
おそらく、それは見てはいけない光景。
モブリットが私の一つ先輩の女性兵士と話していた。
「え・・・」
いや、話しているんじゃない。
先輩がモブリットに抱きついている。
何が何だかわからない衝撃に耐えられず、私はその場を走って立ち去っていた。
なに?
どういうこと?
気付いたら、私はハンジ分隊長の執務室に身を潜めていた。
誰もいないその部屋で、ひっそりと心を痛める。
そして、さっきの光景を思い出すと目頭が熱くなってくる。
私、兵長が好きなはずなのに、なんで?
モブリットだって、こないだ失恋したばかりで傷心の身なんだよ?
彼女が出来るチャンスがあるなら、お祝いしなきゃ。
え・・・?
“彼女”
・・・イヤだ、その響き。
私、もうモブリットの隣には居られないってこと?
私がモブリットについて何も言う資格なんてないのにね・・・
今日は壁外調査の日。
あれから、なんだか訓練にも身が入らないし、ボーッとしていることが多い気がする。
今日の調査は、物資を壁外拠点に運ぶこと。
もうすぐその拠点に着く頃だろうか・・・
そんなことを考えながら馬を走らせていると・・・
目の前の視界が大きく揺らぎ、みるみるうちに地上から遠く離れた高い位置に掲げ上げられていた。
「うそ・・・」
何処からともなく巨人が現れ、私はその巨人によって鷲掴みにされていたのだ。
そして突如目の前に現れた光景は、口を大きく開けて私を見つめる巨人。
あぁ、最悪。
ぼんやりなんてしてるから、こんな失態をおこすんだよね。
3年も調査兵団で生き残れたってのに、こんな形で人生終わるなんて、情けなくて涙も出ないし声も出ないや・・・
「ナマエ!!」
バシュッ!と凄まじい音と共に私の名前を呼ぶ声が聞こえて我に返る。
ドサッと地面に叩き落とされ、全身を打ち付けられた痛みが身体を駆け巡る。
横に目をやると、私を鷲掴みにしていた巨人が白い煙を轟々と上げながら横たわっている。
どうやら私は名前を呼んだ声の主に助けられたようだった。
急いで立ち上がると身体中に痛みを感じたが、打ち所は悪くなかったようで特に動けないと言うわけでもなさそうだ。
駆け寄ってきてくれた私の愛馬に再び跨り、声の主の後ろについていく。
そう、その声の主はモブリットだった。
「ナマエ!!何ボーッとしてるんだ!!
死にたいのか!!」
怒鳴りながら前を進むモブリットの背中を追う。
あぁ、そうだ。
いつも隣に居て気付かなかったけど、モブリットって私にとって掛け替えのない人だったんだ。
あの頼り甲斐のある背中。
確かにリヴァイ兵長のように人類最強の兵士じゃないかもしれない。
だけど、私が調査兵団に来てハンジ班に配属されてから、いつもさっきみたいに私を守ってくれていた。
そして、先輩なのにも関わらず、後輩の私と同じ目線で隣を歩いてくれていた。
ずっと、ずっと
私の隣にはモブリットがいた・・・
「モブリット、ごめん!!」
「なんださっきのは!
ここは壁外だ、早く目を覚ませ!」
「うん!目が覚めた!もう惑わされない!」
そう、私、もう惑わされないよ・・・
**
“何考えてるんだ、あいつ!!”
馬を走らせながら、半分怒りに似た感情が俺を支配する。
さっき巨人の項を仕留めた腕が、やけに痺れる。
最近、ずっと上の空だったナマエ。
壁外に出るのも少し心配はしていたが、あいつのことだから、いざとなったら素早く立ち振る舞い、難なくこなしていくんだろう。
そう思っていたのに、この有様だ。
“ナマエに死なれてたまるものか!”
そんな感情がフツフツと湧き上がる。
彼女がリヴァイ兵長に熱を上げているのは重々承知だ。
だが、いつも笑って自分の隣にいてくれる彼女は、俺にとって掛け替えのない存在なんだとこんな状況になって気付くなんてな。
振り向いて欲しいとかそんなことを考える余裕はない。
だけど、彼女がただ一心に笑っていられるのなら、俺はその笑顔を守っていきたい。
たとえ、この命に掛けてでも・・・
調査兵団の一行は、その後間もなく壁内に帰還していた。
決して被害の少なくなかった今回の調査。
ハンジ班もその例外ではなく、班員を一人亡くしてしまった。
帰還してからずっと気丈に振る舞っているナマエだが、きっと大きく落胆しているに違いない。
そう思いながらハンジ分隊長の執務室に入ると、ひっそりと涙するナマエを見かける。
そんな姿に俺も胸が締め付けられる。
「ナマエ・・・」
「ご、ごめん、モブリット!
泣く暇なんてないよね!仕事仕事!」
俺の声掛けに、慌てて涙を拭くナマエ。
一人で背負いこむことなんてない・・・
俺は、無意識のうちにナマエを抱き締めていた。
その身体は、思いの外華奢で小さくて・・・
「俺の前でも無理する必要ないよ。」
「・・・と、突然、なに、モブリット!?」
「いつだってナマエは俺に正直だろ?
だから、辛い時も正直になってくれたらいいよ。
そして、それを担えるのは俺しかいないって思わせて。」
何言ってんだろ、俺。
壁外でナマエが死ぬかもと思った時から、どうかしてる。
だけど・・・
「う・・・うわぁん」
俺の言葉を皮切りに、子供のように泣きじゃくるナマエ。
そうさ、何も一人で悲しむことなんてないよ・・・
**
「モブリット・・・」
ただひたすら泣きじゃくる私の頭を撫でてくれていたモブリット。
その大きな手が温かくて、私の心に大きな安心感を与えてくれる。
そして、確信したことがただ一つ・・・
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう。」
「ナマエはやっぱり笑ってないとな。」
そう言って、私の髪を乱暴に掻き撫でニカッと笑う。
そう・・・その笑顔だよ・・・
「うん、私、モブリットが隣にいてくれるから、笑っていられるんだって気付いた。」
「へっ?」
モブリットが変な声を出して私を見つめる。
急でビックリするかもしれないね。
でも、今伝えたい。
伝えなきゃ、気が済まない。
だってほら、私、いつだってモブリットに正直だもん・・・
「憧れとか尊敬とか、そんな高ぶる気持ちが恋なんだと思ってた。
だけど、大切なものはもっと近くにあるってことに気付いたよ。
私、モブリットが好きみたい。」
顔を赤らめて目を反らすモブリット。
やっぱり、急で驚くよね。
でも、返事が欲しいとかじゃないんだよ。
ごめんね、自己満足で。
でも流石にやり過ぎたかな。
いくらいつも正直だといっても、こんな突拍子のない告白の仕方なんてないか・・・
「なんで先に言っちゃうかなぁ・・・」
少し間を置いた後、モブリットは呟く。
「俺もそう思ってたんだけど。」
思いもよらないモブリットの言葉に目を見張る。
「えっ?」
「俺も、ナマエが好きみたい。」
「・・・えっ?なんで?ソフィアは?」
自分から話を振ったのに、まさかの返答に動揺を隠せない。
「なんか、彼氏がいることを目の当たりにしても、余りショックを受けなかったんだ。」
「でも・・・こないだ先輩と抱き合ってるのを見たよ?」
「なに、覗き見してたの?」
「そ、そんなつもりはなかったんだけど・・・」
「だけど?」
「見かけて、ショックだった。
モブリットの隣は、私の席なのに・・・」
「そうだよ、俺も隣はナマエしか考えられない。」
小さく溜息を溢しながら、私を見つめて呆れ顔。
「じゃあ、こないだのは・・・」
「確かに、告白されたんだ。
だけど、気が乗らなくて断った。」
「えっ、そんな感じ・・・?」
「そう、そんな感じ。
でも、壁外でナマエが死にかけた時、実はナマエが好きだったんだって気付いて、それでその時に気が乗らない理由がはっきりしたよ。」
「・・・・・・」
固まってしまう。
だって、私もあの時に気付いたんだから。
まさかの同じタイミング?
「なに?信じられない?」
「い、いや!そんな訳じゃなくて!」
慌ててモブリットの問いに答える。
「ナマエ、ずっと俺の隣にいてくれる?」
甘い笑顔で私の顔を覗き込むモブリット。
そんな顔、見たことない。
あれ?モブリットってこんなに格好良かったっけ?
というか、そんな甘いセリフ、モブリットの口から聞くなんて・・・
「そ、そ、それは、私のセリフなんだから。
誰にも譲らないよ・・・」
「良かった、俺もナマエの隣は誰にも譲らない。」
不意に頬を撫でられ、モブリットの顔が近付いてくる。
あ、これ・・・
その先に起こることを想像しては、まるで火がついたみたいに顔に熱が集まるのを感じていく。
とてもじゃないけど、目を開けてなんていられない。
ギュッと目を瞑り、次に起こるであろうことに、ちょっと期待も込めてモブリットに全てを委ねた。
ムギュッ・・・
「!?」
次の瞬間、期待していた感覚とは違って、急に鼻を摘ままれ息苦しさで目を見開く。
「何急に女出してんの?」
えっ!?・・・えっ、ええっ!?
今の雰囲気ってキスされる感じじゃなかったの!?
目の前のモブリットに視線を送ると、心底楽しそうに肩を震わせて笑っている。
さ、サイテー!!
なにそれ!雰囲気作っておきながら、私ひとり期待してたっての!?
怒りと恥ずかしさが募って、距離が近くなっていたモブリットの胸を押してそっぽを向く。
「もうっ!モブリットなんて知らないんだから!」
そう言った瞬間、不意に唇に当たる柔らかい感覚。
「ごめん。怒っても、好きだよ。」
ふわりと唇がその感覚から解放されると、キスされたんだと自覚しざるを得ないほど、急接近したモブリットの顔が満面の笑みで私に微笑みかけ、そう一言呟いた。
「モ、モ、モ、モ、モブリットなんて、嫌い!!」
くるりと後ろを向き、顔を両手で覆う。
絶対、今私酷い顔してる!!
だって、顔がこんなにも熱い。
笑いながらおもむろに後ろから私を抱き締めるモブリット。
もうっ、世話焼きお節介真面目のモブリットのくせに!!
そんな不意打ち、反則だよ!!
そんなギャップひたすらに隠してたんなら、そりゃ彼女なんて出来ないんだから!!
だから
だから・・・
そんなモブリットは私しか知らないんだから・・・
仕方ないから
私がずっと、隣にいてあげるね。
【隣にあるもの FIN】
花季 -hanagoyomi-