紅葉
「あい、どーじょ」
どちらが本物かわからない泥だらけの手に握り締められているのは、紅く色付いた紅葉の葉。
「おじちゃん、きょー、おたんじょーびなんでちょ?」
「ああ、ありがとう」
なぜこんな事になっているのか。
たまたま出向いた憲兵団本部の表で出会ったのは、小さな子供を連れたナイル。
嫁のマリーが具合を悪くしたからと、預ける先もままならならずに、職場に連れてきたと言う。
なんとも子煩悩なことだ。
俺の顔を見た途端「すまない!少し見てて欲しい!」とだけ言い残し、慌ただしく舎内に駆け込んで行った。
全く・・・
俺にも仕事があるんだが・・・
そして、あまり誕生日は好きではない。
そんな事を頭を掠めるが、隣で屈託なく笑うこの小さな子供は、僅かな曇りさえない純粋な瞳で俺を見つめる。
だがまぁ、幸い急ぎの仕事でもないし、たまには柄にも無く子守に付き合ってやろうかと同じ目線に腰を落とした。
憲兵団本部前のちょっとした空き地で、俺みたいな大柄な男が幼児を連れて泥団子なんか作っていれば、それはもう犯罪を疑われるのではないかと多少の冷汗を背中に感じはしたが、目の前ではしゃぐその小さな子に、昔想いを馳せていた女の面影を見る。
その目の細め方、笑った時に垂れ下がる眉尻、小さく形の良い唇は、どこも見覚えがあった。
友人の子でもあるというのにそんな事を想うなどとは、本格的に犯罪者の域に達している様な気もして、苦笑が溢れる。
「分隊長!こんなところで何してるんですか!」
息を切らしながら、恐らくこの俺を必死に探していた様子の自分の班員が、血相もなく声を荒げる。
「なかなか待ち合わせの場所にいらっしゃらないから心配して探しにきたのに、そ、その子、どうしたんですか!?!?!?」
「ああ、ちょっとな」
少し風変わりな彼女は、陰で“鬼のエルヴィン”と揶揄される俺にも屈する事なく、いつも俺の近くをちょろまかしている。
そんな彼女に、なんだか詳しく説明するのも面倒になり、適当に返答する。
相変わらず、泥団子を作っては「あい!」と無邪気に俺に差し出すその子の相手をしながら。
「ちょ・・・分隊長ぉ「悪い!エルヴィン!」
「あ!パパぁーーー!!」
無下にされた彼女が、嘆きにも似た声を上げようとした時、駆け足で戻ってきたナイルに泥まみれの姿で駆け寄るその子は、やっぱりどこと無く昔の想い人と似ていて。
思わず目を細めてその姿を見守った。
「いやぁ、助かったよ!」
「なに、俺も少し休んでいただけだ」
「また改めて礼をさせてもらうよ!」
「いや、それはいい」
ナイルと軽く言葉を交わしていると「パパ、だっこぉー」と可愛らしくおねだりするその子を、何となく急に直視できなくなり、じゃあまた、と素っ気なくその場を後にする。
その一連の状況を見ていた後輩の彼女は、突然その場を後にしようとする俺に、慌ててナイルに一礼だけし、パタパタと小走りで俺の横に駆けてくる。
「まさか・・・分隊長にロリコン気があったとは・・・」
思わず、ぶっ!と吹き出してしまう。
「だって、あんな愛おしそうに・・・」
心底心配する様な瞳で自分を見上げる。
確かに、そう見えたかもしれないな・・・
そんな事をぼんやり考えながら、先程貰った紅葉の葉に目を落とす。
“はい、今日お誕生日なんでしょう?
特別に、今日は季節を添えておくわね”
そう言って、紅葉の葉に形どった林檎の皮が添えられたカクテルを思い出す。
だがそれは、彼女からナイルと結婚すると報告を受けた日でもあった。
大切で、ちょっとだけほろ苦い思い出。
「これからは、分隊長が犯罪を犯さないように見守るのも私めの仕事なのですね・・・」
ほんのり潤目で溜息を吐く彼女に、上から頭を小さく小突く。
「だって、次期団長も囁かれているエルヴィン分隊長が、実は幼女をやらしい目で見て、密かに誘拐を企ててる!なんて噂が飛び交ったりした時には、後輩として私どうしたら・・・」
「どうやったらそんな発想になるんだね。いつも、君には驚かされてばかりだよ」
呆れてジト目で隣を歩く彼女を睨み付ける。
そうだ、彼女はいつもそうだ。
いつも俺にはこんなふざけた態度だ。
これは暫く、ロリコンのエルヴィンと揶揄われるに違いない。
はぁ、と小さく溜息を吐いた。
その時──
「良かった。やっと私を見ましたね」
にこやかにひとつ微笑み、早足で先を進む。
そしてくるりと振り返りひとこと。
「お誕生日、おめでとうございます!」
まぁ誕生日も悪くないな、だなんて、柄にも無く思ってしまったのは、ここだけの話。
【紅葉 FIN】
花季 -hanagoyomi-