7月 ヒペリカム
キラキラと輝くその姿。
いつか、終わりを迎えるのかしら?
だとしたら、そんなの悲しすぎる。
輝くことにも意味があって、散ってゆくことにも意味がある。
だからね、今を悔いなく生きてゆく。
それがきっと、人生。
***
「エルヴィンさん!おかえりなさい。
突然のひどい雨だったね。すぐにシャワーを・・・」
「ミーナ、ただいま。ありがとう、助かるよ。」
とある日の水曜日の夜。
お互いの仕事の後、雨に降られてずぶ濡れになりながらわたしの家にやってきたエルヴィンさんに、タオルを手渡す。
6月のあの日から、エルヴィンさんは決まって水曜日の夜に、わたしの家に泊まりに来るようになった。
『俺たちには会話が足りないな。』
結局あのまま、あの小さな宿に泊まったわたしたち。
次の日そうポツリと言ったエルヴィンさんは、水曜の晩は必ず君の家に行く、と公言し
どんなにお仕事が忙しくて遅くなろうが
どんなに次の日朝早くから予定があろうが
それ以来、水曜日は必ずわたしの家に泊まりに来てくれている。
そして、他愛もない会話を交わし、会えない間にあったことや、次の水曜までの予定を話してみたりして、お互いのことを報告し合った。
決まった日に会いに来てくれること、なにより、次に会える予定が決まっていることが、こんなにも安心感のあるものだとは思わなかった。
そして・・・
あの日、ようやく結ばれたわたしたち。
お泊まりに来ているから、その・・・、そういうこともするわけで。
エルヴィンさんの温もりを感じて眠る夜は、今まで感じたことのない程の幸せを感じる夜になっていた。
シャワーから出てきたエルヴィンさん。
上半身裸で濡れた髪を掻き上げる艶っぽい彼に、その仕草だけでドキドキしてしまう。
身体の関係にまで発展したとはいえ、やっぱりまだ全然慣れなくて。
だからいつもこんな時は、どこに目線を持っていけばいいのか、さっぱりわからないままでいる。
「蒸し暑いからアイスティーでいいかな?」
戸惑いを誤魔化すように、キッチンに向き合い背を向けてそう声を掛けると、ふふと小さく笑い声が聞こえたと同時に、ふわりと背後からぎゅっと抱き締められる。
「相変わらずだな。」
「え?」
「いつになったら、この恥ずかしがり屋さんは、俺の前で素直になってくれるかな?」
そう言葉を溢すと、首元にチュッとキスを落とされる。
そんなこと・・・
そんなこと言われたって、どうしようもない。
だって、エルヴィンさんの色気が半端なくて。
強烈な雄の部分を知ってしまった以上、連想してしまうのはわたしを求める情事中の彼。
熱を帯びた瞳に、熱い吐息。
耳元で囁く愛の言葉は、わたしを芯から痺れさせる。
真っ赤になって固まっていると、顎をぐっと持ち上げられ、上から蕩けるようなキスを落とされる。
「明日は休みだから、今夜はゆっくり楽しもうか。」
そして、そう一言わたしに告げると、ふわりと抱き上げられ、ベッドへと運ばれていくのだった。
朝。雨粒をキラキラと宝石のように輝かせながら、眩しい朝日が窓の外から差し込んでいた。
エルヴィンさんに抱き寄せられたままのわたしは、そっとその腕の中から上体を起こす。
カーテンの隙間から覗く外の様子からみると、もう雨はすっかり止んだようだった。
目線をベッドへ落とすと、まだすやすやと眠ったままのエルヴィンさん。
きっと毎日疲れきっているであろう彼が、安心したようにわたしの元で眠っている姿を見せてくれていることに、嬉しさが込み上げる。
思わずそのサラサラの髪を撫でる。
指から伝わる体温と彼の香り。
それが、側にいることを何よりも現実のものとして物語っていた。
こんな穏やかな朝を迎える日が来るなんて、思ってもなかった。
キスして、抱き合って、そして愛し合って・・・
大好きな人と共に過ごす夜が、こんなにも心から満たされるものだなんて、以前のわたしに想像なんてできただろうか。
キラキラと輝く雨粒は、まるで今のわたしの心を表しているようで。
ただひたすら、穏やかな空気がわたしたちを包んでいた。
「・・・おはよう、ミーナ。」
何度かエルヴィンさんの髪を撫でていると、その動作に気付いたのかエルヴィンさんが緩く瞳を開く。
「おはよう、エルヴィンさん。
雨・・・もう止んだみたい。」
碧い瞳を見つめ返してそう伝えると、「そうか。」とだけ言って、また目を閉じる。
「今日はどうする?」
しばらくすると、目が覚めてきたのか、ふと思いついたようにそう問い掛けられる。
「あのね、一緒に行きたいところがあるの。」
「行きたいところ?」
「うん。そんなに遠くないから、付き合ってくれる?」
実は、今日休みだと聞いていたから、どうしても行っておきたい所があったの。
気に入ってもらえると良いんだけど・・・
「ああ、わかった。だがその前に・・・」
「わわっ」
今日の行き先を伝えようとする前に、エルヴィンさんは隣で上体を起こしていたわたしを引き寄せ胸元に抱き止めると、耳朶をかぷりと甘噛みする。
「んんっん・・・」
思わず溢れ出た吐息に小さく笑みを浮かべると、エルヴィンさんはそのまま耳元で囁く。
「ミーナ、愛してるよ。」
そして、身体に湧き上がる熱の赴くまま、わたしたちは熱いキスを交わし、そのまま肌を重ね合わせた。
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─────
──
「身体が怠いよぉ・・・」
重い足取りで外に出ては、ぽつりと呟く。
結局、あれからしばらく気持ちの赴くまま抱き合っていたわたしたち。
気付けば時間はお昼前になっていた。
「はは、悪い。つい夢中になってしまったな。」
そう言いながら、全く悪そびれることもなく、わたしの手を繋ぎながら横を歩くエルヴィンさんは、なんだかとっても満足気で。
ちらりとその清々しい横顔を覗くと、まあいっかと思ってしまうわたしもわたし。
近所のお弁当屋さんでお弁当を買って、少し高台にある教会へと足を運ぶ。
「あのね、あそこの教会で式を挙げるのはどうかなって。
10月14日、空いてるんだって。
こないだ仕事で訪れた時に偶然知って。
それでね、その・・・わたし、こっそり予約しちゃったんだけど・・・」
「あぁ、すまない。すっかり君に任せきりだったな。」
「ううん。エルヴィンさん、忙しいもの。・・・いいかな?」
お伺いを立てるように控えめにエルヴィンさんの顔を覗き込むと、優しい笑顔で応えてくれる。
「ああ、もちろん。
だが、あまり大きく挙げると色々と面倒なんだが、小さな挙式になっても構わないか?」
そうだよね。
きっとエルヴィンさんくらいのお偉い人なら、付き合いだって多いだろう。
あちらを呼んだらこちらにも・・・
なんてこと、ザラにありそう。
だけど、わたしだって商店街のお付き合いの方々を除くと、両親だっていないし、友達も決して多いわけではないし。
小さな挙式の方が、実は何かと有難い。
「うん!小さな挙式、大賛成。
けどね、お花の飾り付けは、わたしのお友達に任せてもいいかな?」
「ああ、そこは君の思うようにすればいい。」
「ありがとう!」
「随分とこだわりがありそうだな。」
「まぁ、少しね。だって、花屋の娘だもの。」
「そうだな。」
そんな会話を交わしながら、春の王都での仕事で知り合った、エマさんとスザンナさんを思い出す。
帰ったら、お二人に教会の飾り付けの依頼をしなくっちゃと、わくわくした気持ちでいっぱいだった。
ミーナに案内され辿り着いたのは、少し高台にある広い芝生に囲まれた小さな教会。
こんなところに教会があったのには今まで気付かなかったが、開放感があって清潔感のあるその教会には、とても好感が持てた。
そう言えば、結婚しようとプロポーズはしたものの、結婚する段取りを全くと言っていいほど手立てをしていなかった。
そんな自分の能天気さと配慮のなさに呆れるが、ミーナが忙しい自分の代わりにと、二人で描く未来を想像して行動してくれていたことに、どこか心がくすぐったくなるような、そんな嬉しさが込み上げる。
教会へと足を踏み入れ、シスターからひと通り説明を受けた後、敷地内の芝生横のベンチへ腰掛ける。
ここへ来る前に買ってきたお弁当を広げ、気分はピクニック。
ミーナは時折「美味しいね」などと私の顔を覗き込みながら、はにかむ。
こんな休日も、たまにはいい。
お弁当を食べ終え小さく伸びをすると、ぽかぽかとした日差しも相まって、小さく欠伸が出る。
ここまでのんびりした時間もなかなか珍しい。
小さな子供二人が、近くで摘んできた花を一生懸命花かんむりにしようとしているのが横目に映る。
だが、どうやら上手くいかないらしく、ああでもないこうでもないと、若干苛立ちながら二人して花を弄り回っている。
それがもどかしくて、ついミーナは声を掛ける。
「お嬢ちゃんたち、上手くできそう?」
「無理ー!!」
「全然思うようにいかないのー!!」
突然掛けられた声に驚いた二人だったが、振り返った先のミーナは、もう既に小さな花のブレスレットを手にしてふふっと微笑んでいたので、それを見た子供たちは思わず声を揃える。
「「凄い!お姉さん!私達にも作り方教えて!」」
思わず笑みが溢れる。
君と一緒になれば、こんな穏やかな日々が待っているんだろうか。
だが・・・
自分は調査兵団の団長。
数々の犠牲の上に今の自分が存在している事は、決して忘れてはなるまい。
そんな自分と生涯を共にしようとするミーナは、それで果たして幸せになれるものだろうか・・・
“式を挙げる”という実感は、今まで何となく目を背けてきた事実を、ずしりと私の心に重くのしかけていた。
「お姉さん、ありがとー!」
「ばいばーい!」
子供たちに花かんむり教室を開き終えたミーナは、手を大きく振り子供たちを見送ると、満足した様子で私の腰掛けるベンチへと戻ってくる。
「へへ、お姉さんぶっちゃった。」
そう微笑むミーナはとても無邪気で。
思わずその頬を撫でる。
「ミーナ。」
「うん?」
「俺と・・・結婚してくれるか?」
「え、どうしたの?改まって・・・」
「いや、あの時のプロポーズは、随分と勢い任せだったからな。
もう一度、確認しておこうと思って。」
“確認”と言えば聞こえは悪くないが、正直なところ、ミーナが私と生涯を共にすることで、思い描いていた幸せとは程遠いものだった場合、それを受け入れる覚悟があるかどうか・・・そんな浅はかな思いからのものである。
もはや、自分の責任逃れとしか言いようがない。
相手に一生に一度の選択を委ねようとするなど、相変わらずの鬼畜ぶりである。
しかも、今の互いの関係性から、断られる事などあり得ないと判断した上で、だ。
そんな私の考えはつゆ知らず、ミーナは頬を赤らめる。
「そんな・・・なんだか、照れちゃう。」
頬を赤らめたミーナは、思わず抱き締めたくなるほど愛おしく思う。
そんな風に呟かれると・・・、罪悪感に苛まれてしまう。
「エルヴィンさん。」
何かを思い詰めたような、そんな表情を浮かべる彼の名前を呼ぶ。
「ん?」
「あのね、わたし、エルヴィンさんに救われているの。
その・・・、変な意味じゃなくてね、心も身体も今とても満たされている。
エルヴィンさんがいなかったら、わたし、きっと自分の人生に彩りなんてなかった。
だから、本当にあなたに出逢えて良かった。」
そうわたしが常日頃思っている事を、精一杯言葉にする。
そして、頬に添えられていた手を、包み込むようにわたしも両手を添え、じっと彼の瞳を見つめて伝える。
「エルヴィンさん。
わたしを、エルヴィンさんのお嫁さんにしてください。」
碧い瞳は、一瞬小さく揺らいだ気がした。
と同時に掛けられる言葉。
「だが、俺は調査兵団の団長だ。
いつ命を落とすかもしれないし、また、部下を自分の命で死へと追いやり、その家族から恨まれる存在だ。だから、」
「だから?」
だから、後悔するかもしれないよ、ってことかしら。
世間から『エルヴィンは悪魔だ!』そう言われていることは知っている。
でもね、わたしはもっと沢山の事を知っているよ。
いつも壁外調査の後にお悔やみの花束を求めるあなたは、決して悪魔なんかじゃなくて、ただの傷心した一人のひと。
そんなあなたの支えになれるなら、どんな困難だって乗り越えられる。
「幸せは、みんなが手に入れる権利がある。
だから・・・エルヴィンさん、わたしで良ければ、生涯ずっと側にいさせてください。」
しばらくの沈黙。
その間、互いに決して目を逸らすことなく・・・
「まいったな。確認が必要だったのは、俺の方か。」
沈黙を破ったのは、伏し目になったエルヴィンさんの苦笑いするような声。
そして再びわたしに向き合い、一言。
「俺の生涯をかけて、君を愛することを誓うよ。」
そして、優しいキスをそっと落としてくれた。
キラキラと宝石のような輝きに似た咲き方を見せるヒペリカム。
確かにね、その花びらや長いおしべは時期が終えると儚く散ってゆくけれど、めしべがすぐにかわいい実を用意してくれるんだよ。
それは、命の循環。
例え何かを犠牲にしたって、悲しみは続かないの。
この世界はいつも、キラキラと輝いている。
だから戸惑わないで。
きっと、わたしたちの未来も
宝石のように
そしてこの雨上がりの雨粒のように
キラキラと輝いているよ。
【7月 ヒペリカム FIN】
花季 -hanagoyomi-