一輪のオートクチュール
『特別』───という意味を込められた名前の付く、その一輪のバラ。
大輪でフリルがかった咲き方と
ややグリーンがかったその花の色合い
見たことのないような純粋無垢な姿に
私は魅せられたのかもしれない。
***
壁外調査から数日経ったある日。
書類報告も終え、兵団内の仕事はひと段落していた。
本来なら一息つけるはずのこのタイミング。
だが、壁外調査後、一番気持ちを引き締めないといけないのが、今だ。
なぜなら、壁外調査で人類の礎となった兵士たち・・・すなわち、命を落とした兵士たちのご家族の元に、その報告に参らなくてはいけないからだ。
無論、団長の自分がわざわざ自ら報告に行く必要はないのだとは思うが、自分の命令で命を落とした兵士への、少なからずの罪滅ぼしと言ったところか。
ご家族の悲しみ、絶望、そして自分へと向けられる非難・・・
それらを直接受け止めることで、彼らを死へと追いやった自分を、多少なりとも自分なりに許せるような気がしていた。
わずかながらの贖罪。
それは、自分のためであることは解っている。
それをしたところで、ご家族の苦しみを和らげることが出来るわけではないのは、明白だ。
だがいつも、壁外調査の後は、この報告をしないことには次へと進めない自分がいた。
ただそのために・・・
壁外調査による死亡者リストを片手に、いつも兵団を後にしていた。
喪服を身に纏い、気持ち程度の供えの花束を用意し、目的地に向かう。
いつもと変わらない手順。
今回もまた、目的地近くの花屋で花束を用意しようと、その花屋へと足を踏み入れた。
「素敵です!きっと奥様喜びますね。」
目に飛び込んで来たのは、接客中の花屋の店主。
髪を後ろで無造作に束ねたその店主は、後ろ姿でその表情はわからないが、声の雰囲気からまだ若い女性であることが推測できる。
「いつもありがとう、ミーナさん。これで妻の機嫌が直るといいんだけど・・・」
「大丈夫、大丈夫!
バラの花って、贈る本数で意味合いが違うの。
この花束は『ごめんね』って意味。きっと伝わりますよ!」
「ありがとう。またよろしくお願いします。」
「はい!幸運をお祈りしていますね。」
ちらりと表情が垣間見えたその店主は、満面の笑みで応え、穏やかな雰囲気でその客を送り出す。
その横顔を目の当たりにして
何故か私は、彼女から目が離せなかった──。
「すみません!すっかり後回しにしてしまって。いらっしゃいませ。」
「あ、ああ・・・」
ふと、ぼんやりと見つめていた店主が自分の方へと向き直し、客である私に声を掛ける。
客として訪れているのだから当然なのだが、すっかり意識が遠のいていた所への声掛けだったものだから、反射的に出た返答が溢れただけだった。
その自分の声に意識が戻され、と同時に今の自分の状況に驚く。
今、私は──?
「どこかへ、お悔やみにでも?」
「え・・・」
「あ、すみません!喪服をお召しになっていらっしゃるので、てっきりお供えの花束をお求めなのかと思って。」
「あ、あぁ、その通りだ。ひとつお願いしてもよろしいかな?」
「もちろんです!」
そう言葉を交わすと、その店主は満面の笑みを私へと向けた。
「お亡くなりになられた方は、どのような方でしたか?」
「?・・・そうだな、周りから頼りにされていた、しっかり者の兄貴肌の青年・・・ってとこだろうか。」
「そんなお若い方・・・」
花を注文するのに、そんな情報は必要なのだろうか?
そう不思議に思っていると、思いもよらない言葉を掛けられる。
「お客様もお辛いですね。」
言葉を失ってしまう。
ただいつものようにお悔やみへと向かう道中、その途中で花束を買いに来ただけのつもりだったのに、まさか自分への労いの言葉を掛けられるとは、思ってもいなかった。
「そう、だな。」
「わかりました!きっと、受け取るご家族の方も、そしてお客様自身も元気になれるような、そんな花束を作らせてください!」
ようやく返した言葉にその花屋の店主はひとつ微笑むと、元気良くそう答えた。
淡い黄色のガーベラ
水色のデルフィニウムはアクセントに
白いかすみ草がその黄色の花をキラキラと輝かせるように引き立てる。
「黄色は元気が出る色です。
だけど、お悔やみだから、出来るだけ淡い色合いに。
それでも黄色単色だけじゃ寂しいから、男性の方ということで水色も合わせておきました。」
そう彼女は意気揚々と花束の説明をすると、私へと向き合いその花束を差し出す。
「今までも供えの花を買ったことはあったが、渡す相手のことまでも考えて作られることは初めてだよ。」
「そうですか?でもうちは、昔からこんなスタイルです。」
思った事を口にすると、彼女は小さく首を傾げたが、ふわりと小さく微笑むと私の顔を覗き込む。
「どうか、お客様の悲しみも、少しでも癒されますように。」
「・・・ありがとう。」
まさか自分が気遣われるなどとは・・・
おそらく、この花屋の店主は私が調査兵団の団長だとは気付いてはいない。
この花束が
どんな相手へ贈られるものなのか
その相手はどういった最期を迎えたのか
そして
この花束がどういった意味を持つものか
そんな事は、全く思い付きもしないだろう。
私が団長になってから、壁外調査後に自分のことを気遣われたのは初めてだ。
大抵は、皆私のことを腫れ物に触れるように接してくる。
それもそうだろう。
兵士が命を落としたのは、この私の指令のせいなのだから。
「あの・・・、お客様?」
私が黙り込んだまま渡された花束を見つめていたからだろうか、花屋の店主の彼女は不思議そうに再び私の顔を覗き込む。
小さく心臓が跳ねる感覚が自身を襲う。
そして
自分でもさほど自覚のなかった感情に気付かされてしまう。
『お客様の悲しみも少しでも癒されますように』
そう言われ、どこかホッとしたような、肩の力が抜けたような、そんな不思議な感覚が巡る。
部下たちを死へと追いやった自分。
自分は決して悲しむことは許されない。
なのに、彼女のひとことで、そう常々思っていることを覆されたような気がして、それが何故か心地良い安堵感となっていることに気付く。
私にもまだ、兵士たちが死に、悲しいという感情が残っているのだろうか・・・
「また・・・、来てもいいだろうか?」
恐る恐る尋ねた言葉は、果たして彼女への問いか、はたまた自分への問いか。
だが目が合った彼女は、何ひとつ躊躇することなく屈託無い笑顔を私へと向け応える。
「もちろんです!どんな花束でも作ってみせます!」
「随分と自信たっぷりだな。」
「えへ。だって、これだけがわたしの取り柄ですから。」
思わず笑みが溢れる。
「はは。そしたら、また来るよ。」
「お待ちしています!今度は、最初からそんな笑顔でご来店してくださいね。」
そんな無邪気な姿で私と接する彼女に、小さな淡い感情が芽生えた気がした。
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─────
──
「おはよう、エルヴィンさん。」
ふと目が覚め、暖かい温もりと愛おしい声に包まれていることに気付く。
ああ、夢を見ていたのか。
懐かしい夢を──
「おはよう、ミーナ。」
布団の中で隣に寝そべるミーナは、まるで子猫のように私に擦り寄り屈託無い笑顔を向ける。
変わってないな。
それは、初めて君を見つけた時と同じ笑顔。
あの時は、その笑顔が生涯自分のために向けられるものになるとは、思いもしなかった。
だが確かに、今では私にとってかけがえのない宝物。
「ミーナ、好きだよ。」
「へへ、朝からどうしたの?」
「君の夢を見ていた。初めて会った時の」
「わぁ!わたし、どんなだったかしら?」
「今と、何も変わらないよ。」
「でもきっと、酷い格好だったよね?仕事中だったもの。」
「いいや。」
そう言葉を交わすと、ミーナの柔らかい髪を撫でる。
手を伸ばせば、すぐ届くこの関係を愛おしく思いながら。
ミーナはくすぐったそうに身を捩ると、ふふっと笑いながら私へ優しいキスをそっと落とし、そして一言呟く。
「わたしも、だいすき。エルヴィンさん」
夢で見た淡い記憶は、私達2人の原点。
それを思い出させるかのように、この日のテーブルの上には一輪のバラが可愛らしく生けられていた。
バラには、その花や色合いだけでなく、その本数でも花言葉を示すことがある。
一輪のバラ──それが示すのは『一目惚れ』。
純粋無垢なその一輪のオートクチュールに
きっと
私は一目で恋に落ちたのだろう。
【番外編・一輪のオートクチュール FIN】
花季 -hanagoyomi-