そして阿鼻叫喚



とある日、デュースはアズールと共にイグニハイド寮のとある部屋を訪れていた。非常に不本意ながらも断り切れずに。

「対価! 対価は払うので! 生配信に付き合ってくだし、あっ、違、ください!!」

……と、何故かまたゲームの実況へ呼ばれてしまったのだ。
対価として購買部に入荷予定の物品を要求した所、縋りついてきた相手は値段も確認せずに了承した。これには流石のデュースも憐憫の情を抱かずには居られなかった。それほどまでに切羽詰まっていたのか、と。
──このイグニハイド寮生ことアーホルン、実況者名をメープルという。
彼はホラー耐性が中々に低かった。そんな男が極東産のホラーゲームをプレイする。嫌な予感しかしない。結果はお察しと言う奴だ。
現に以前デュースが泣き付かれて参加した実況ではプレイするどころではなくなった回もあった。共に参加したアズールもまた内容に慄いていたため操作どころではなく。主にデュースが操作しながら解説していく、という事態に。「解説として一緒に居てくれるだけでいい」という言葉が反語にされたため、報酬は割増で徴収した。さもありなん。
ちなみにアズールはモストロラウンジのポイントカードを使われている。ある意味逃げられない状態。彼はデュースを招き入れることに積極的だった、とだけ言っておこう。

今回プレイ予定のホラーゲーム。海の底を走る列車の怪異に迷い込んでしまう、という内容。これもまた極東産である。
作品概要などを見る限り、前回プレイしたゲームよりか内容はマイルドそうだ。デュースは判断した。
これならば二人が多少驚くことはあれども両側から揺さぶってくることも無いだろう。前回である程度の耐性がついている筈なのだから。そう思いさえした。

──この考えこそがフラグである。

「う、え、あっ! って、手ぇ!」
「ああ、手ですね」
「手ェ! 本当ですね手ですね!! 何で床から手が出てるんですかね!!!」

半ばキレ気味だ。怯えたり怒ったりと随分と忙しない。
開始早々ゲームの概要を確認し終えた場面である。まだ車両に足を踏み入れていないというのに、この騒ぎ様。掴まれたら体力ゲージが減る半透明な手。通称ゴーストハンド。割と良くある仕掛けや演出だ。……ゲームにおいても、現実においても。

「ただ掴まれるだけじゃないですか。ハイ次いきますよ次」
「この冷静さ嫌いじゃないけど容赦なさ過ぎて草も生えませんわぁ……」

操作はアーホルン、いや今は実況中なのでメープルその人である。彼は顔を恐怖に歪めながら、同時に何とも言えない感情が定かではない表情を浮かべている。器用なものである。
アナログスティックを懸命に動かし、画面の中でがっしりと掴みかかってきたゴーストハンドを振り払う。目端に若干涙が滲んでいるのは恐らく気のせいではない。デュースを挟んで隣ではアズールが目を閉じている。何も見なかったことにしようとしていた。

「もしやとは思うんですけど、お師匠は質量や物質の性質などをご存じではない?」
「知ってますけど?」
「ご存知でしたかー!! そうですか!! じゃあ何で疑問に思わないんですかねー!?」
「だっておばけちゃんですし」
「おばけちゃん」
「はい。あと何よりこれはゲームですしね」
「んぐぬぅ」
「なんて?」

そうだけどそうじゃない。身も蓋もない言葉にアーホルンは顔を盛大にゆがめた。
ゲームの進行状況自体はまだチュートリアル。操作方法を確かめながらキャラクターを動かしている最中だ。徐々に明度の落ちていく画面に目を向けながら、デュースはふと疑問に思っていたことを口にする。その言葉が向けられた先は先程のゴーストハンドの出現にビクリと体を震わせたアズールだった。

「ずっと気になっていたことがあるんですけど、ブルー先輩って海出身でしたよね」
「ええ、そうですよ。それが何か?」

話を振られたアズールは世間話かと思っていた。軽い返答がその証拠。しかし彼は次の瞬間その判断を後悔する羽目になった。

「海の出身なのにこういったホラゲが苦手なのが僕としては不思議なんですよね。これ等って一応立ち位置的には隣人じゃないですか」

続いた言葉がコレである。
とんでもない剛速球が叩き込まれたような気分だった。隣人の意味を理解しているのか。アズールのメガネが僅かにズレた。

「エッ海での隣人って……」
「違います!! こんな隣人いてたまるもんですか!! 熱い風評被害です!!」

陸の文化に対する風評被害に続いて、海への風評被害。当人たちからすれば最悪である。
ドン引きした様子のアーホルンへとアズールは全力で否定の言葉を連ねる。こんな誤解を受けたままでいられるものか。前回で陸の文化に対する風評被害について全力で否定していた彼の気持ちが少しだけ分かった。
その横で、実況の生配信中の画面でも困惑と戦慄のコメントが流れている。

「えええ? だってよく言われません? 『水流が滞っている場所には行くな』やら『澱みには近づくな』やら『嗅覚は研ぎ澄ませておけ』やら『魔力濃度が濃すぎる場所に近づくな』やら」
「それは、まあ、言われますけど。…………ちょっと待ってください、なぜ貴方が海の世界での教えを?」
「ははは」
「笑って誤魔化さないで頂きたい!」
「……師匠が何を知っていてもボカァもう驚かない」

首を傾げて問うデュースがアズールの指摘を笑って流す。のらりくらりと躱す様子が近所にいた知識に富む老人魚を思い起こさせて、どうにも居心地が悪い。
一つ咳払いをするとアズールは誤解を解くべく勤めて冷静に口を開いた。

「こほん。今お師匠さんが言ったような場所には大抵の場合、魔物が居ます。まかり間違ってもゴーストなどの溜まり場にはなっていません」
「へえそうなんだ」

彼が説いたのは間違ってはいない通説。アーホルンが感心した風に頷くのと同時に、順路とは真逆に進んでいたことに気づく。軌道修正している。それほど動揺していたのだろう。現時点でまだチュートリアル段階だというのに、これでは先が思いやられる。
これでこの話はいったん終わり……かと思いきや。

「海の魔物、ああ、あいつら悪食ですからね。クラーケンとかなんでも食べますし。だからその周辺に生き物やその他の気配が少ないんですよね」

話題を終わらせようと結論を突き付けたアズールの目論見とは裏腹に、思わぬ方向へと話は進んでいく。
は? そんな二人の思いは言葉にならなかった。
画面から目を逸らしたアズールが硬直する。コントローラーを操っていたアーホルンの指が止まる。その拍子に画面の中では操作していたキャラクターが亡者に襲われ還らぬ者となった。指先一つ動かせないでいた所為だ。
チュートリアルでも容赦なくGAMEOVERになるんだな、とデュースは頭の隅でぼんやり考える。どうせ再開した時には先程の場面から始まるのだろうな、とも。
暗闇の向こうから現れたのは、おどろおどろしい血文字のようなGAMEOVER。水面に浮かび上がってくるような演出だ。音声は無い。BGMも無い。そんな中、淡々としたデュースの声がその場に落ちた。
開始十五分と少し。脱落最短記録が更新された瞬間である。全くめでたくない。

「魔力濃度が高い場所に住む、力の強い魔物を恐れて近寄らない。近寄らせない。そして其処にゴーストなどの存在も居ない。これは間違いじゃないですよ」

実況画面のコメント欄に戸惑いが流れる。「え?」や「は?」などの困惑。「待って」や「やめろやめろ」などの制止。絶えることなく浮かんでは流れていく。
だが、TVのゲーム画面しか見ていないデュースはその制止を知らない。止めることが出来るはずの二人は硬直したまま。結果、無情にもデュースの口から発せられる言葉が止まることは無かった。

「たとえ居た・・としても攻撃されて消滅するか、魂をパクッとされちゃうのか。どっちかでしょうからねぇ」

無音だったGAMEOVER画面が徐々に音を帯びていく。ジワリと文字が滲むとタイトル画面に切り替わった。
ごご、ごう、ごご、ごう。水の中に居るかのような音。時折、こぽり、と。水泡が揺れる音が混じる。

「……なぁんて。ただの想像ですけどね」

ふふ。冗談を語るかのように小さく零されたデュースの笑い声さえ、今はどこか恐ろしく感じた。

──ぁあああぁぁォあォオあああ……──

同時にTVのスピーカーから発せられた、海の底から這いあがってくるかのような音。一定時間が過ぎると悲鳴のような呻き声のような苦悶とも怨嗟とも言えぬ声が響いてくるのだ。タイトル画面における確定演出である。
このタイミングを誰も計ってなどいない。偶然の産物だ。初見プレイ生配信なのだから当然である。デュースも本気なのかは分からないが「うわびっくりした」などと言っている。両隣の二人もまた同様である。
まあ、最も──

「ヒュッ……」
「ひぁッ……」

ケロッとしているデュースとは対照的に、まともに声すら出せずにいるのだが。
完全なる不意打ちを食らった状態である。その所為か、アズールたちは悲鳴さえ上げられない。喉が詰まったかのように声が音にならない。先程響いた怨嗟とも聞こえる声が、耳に張り付いているかのようだ。忙しなく動いている心臓の脈拍音がやけにうるさい。
どうします? なんて首を傾げるデュースを前に、アズールもアーホルンも動けずにいる。ソロリと視線を動かして目を合わせるが互いに言葉は出てきそうもない。
その間にも実況配信画面のコメント欄が悲鳴で埋まった。

そんな二人が仲良く硬直しているの余所に、デュースは仕切り直しとばかりに声を上げる。

「もう一度やり直しになりましたね。さ、時間は有限です。まだ列車にも乗れていないんですから。──早く海の底に行きましょうね」

鬼か。悪魔か。そんな言葉も声にならない。
今の今まで話していたことが頭にないのか。それともデュースにとっては取るに足らない話題なのか。どちらにせよこの後輩が恐ろしく感じることに変わりはない。
……デュースの名誉を守るため弁明を入れておくが、この発言に関してまっったく深く考えていなかった。怖がらせよう、脅そう、などという思考など欠片も無い。ゲーム内容が海の底を走る列車でのドンパチだったな、くらいにしか考えていないのだ。
ホラーやオカルトへの耐性を持つ者に苦手な者たちの気持ちは分からない。それが如実に表れた瞬間だった。

「……再開しないんですか?」
「アッ、イマカラシマス」

アーホルンは引き攣る頬を抑えきれず、硬い声で応えた。逆らえない空気を感じたのである。半ば本気で師匠と呼ぶ相手は笑顔。しかしそれが薄ら寒さを助長させている。
結果として、彼は押したくも無いコンティニューの選択肢を無言で選択したのだった。


──この生配信の回が、後に有名になるなど、彼等は欠片も思っていない。タイミングが神懸りすぎている所為で再生数が凄まじいことになったのだ。
しかしそれは今とは関係のない、また別の話である。


おまけ
「師匠を実況にドーンと入れたせいか、ホラゲのリクエストしか来なくなりました。訴訟!」
「何をどう争ってもこちらの勝訴ですねえ。自分で招いた結果でしょうに」
「ぼかぁ! あくしょんとかの! げーむが! したいんです!」

2021/10/24/【真逆・列車・一緒に】
「早くやって終わらせよう」という考えでしかない夢見主くんが意図せずビビらせる話。
メープル先輩の名前は「アーホルン」に決まりました。単純に別な国の言葉に変換した楓。
ホラゲと言えば、濡鴉リマスター版発売日まであと四日。おめでとうございます。楽しみですね!


闇鍋
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