花よ蝶よと笑っても


私は山菜が好きだ。

山菜はいい。
まず見た目に愛嬌があるし、季節によって色んな実りを見せてくれる。
写真を撮るのも楽しくて、料理して食べるのだって勿論美味しい。
しかも栄養満点。天然の山の恵みを一心に受けて育った山菜は、めちゃくちゃ栄養価が高くて味もしっかりしてる。
つまり山菜は最高なのだ。

──だけど今私が住んでる街では、山菜はメジャーじゃないどころか存在が知られていない。
というか、都会じゃあ、山菜を好き好んで食べるどころかまず山に登ろうと思う人がいないのである。

父と母も、いっつもせかせかお金稼ぎに走るばっかりで山の魅力を知ろうともしない。
私が採って来た山菜でご飯を作っておいても、感想がないどころか酷い時は山菜だけ残してたりもする。

普通に行儀が悪い。
というかそもそも父は島国のド田舎出身の癖に、妙に都会人っぽく振舞って暇あれば山の事を馬鹿にしたりもするからちょっと嫌だ。

友達だって似たようなもん。
山に一緒に登ろうって誘っても、ついて来てくれるのは皆最初の一度だけ。
あとは疲れるとか面倒くさいとか言われて断られてしまう。
山菜だって、そんな野菜知らないとかいって、美味しいのに食べようともしてくれない。

都会の人にとっては、悲しい事に"知らない野菜"である山菜は、敷居がかなり高いらしい。
食わず嫌いだなんて人生の9割損してると叫んだって、笑われるのが毎度のオチなのだ。

──だから、私はいつも一人で山に登るのである。
親は私に対してあんまり興味が無いので、一人娘が勉強よりも熱い情熱を山に向けていたとしてもなにも気にしない。

というか、若干諦めてるっぽい。
たまに私の部屋や洗濯物で干してる山グッズを見て微妙な顔をするだけで、得になんにも言ってこないのだ。
子供を生んだ時点で"家族の責務"は果たしたと思ってるらしく。
私が趣味にどれだけお金を使おうが文句も注意もないから、こっちもこっちで自由にしているのである。

握ったハサミで、掴んだフキノトウの根元をザクリと切っていく。
ツイステッドワンダーランドにある山は季節山といって、ちょっと特殊な在り方をしてるものが多かったったりする。

どういう事かというと。
山の中のエリアや山そのものの季節が、まるで役割分担でもしてるかのように決まって、、、、いる、、ことが多いのだ。

つまりは、あの山は冬の山だからずっと雪山。
そしてあっちの山は右半分が春で左半分が秋、みたいな感じの形態をしているのである。
普通になんかおかしい。

そんでもって、何故私がそんな季節山を"特殊"だと思うのかと言えば。
私が幼少期から定期的に預けられていたお祖父ちゃん家が、独自の文化発展を遂げているガラパゴス諸島たる、 厳雲 イクモ の國で。
そこの山は、こっちとはまるで事情が違ったからである。

主に島の外の世界の事を外ツ國トツクニ、島の中の世界の事を高天原タカマガハラと呼ぶあの国は、"外国"であるツイステッドワンダーランドとは文化そのものが違うのだ。

そうしてそれは土地や領土も同じで。
外国であるツイステッドワンダーランドとは違い、高天原には季節山は存在せず、山も土地の季節と同じ時の流れを刻んでいるのである。

そうして私は幼少期の殆どをその厳雲の國で育った、根っからの山っこなのだ。
というのも仕事を愛する両親は、産んだはいいものの私の面倒を見切れないと早々に根を上げてしまったらしい。

けれど都会にある母方の実家とは、両親ともに折り合いが悪くまだ幼い娘を預けられず。
というか預けたら親失格と、そのまま取り上げられ永遠に没収になりそうだったらしくで預けられず。

結果として、東の果てにあるわ文化形態が違うわ使用する魔術形態まで違うわの、それこそ当時は片道通行とまで言われていた──今は魔導科学の発展により交通ルートが確定されたから、お金はかかるけどかなり楽に行き来できるようになった──父の実家に当時2歳の私は預けられたのだ。

まあつまりはイヤイヤ期が耐えられなくて、でも親権を奪われるのも嫌で。
口煩くない父方の祖父母の家に、金は払うからいいだろと超絶手のかかる時期の赤ん坊を押し付けたということだ。
非常に最低な両親である。

──まあ、でもそのお陰で私はのびのびと山奥のド田舎で成長出来て。
清々しい森林の空気や美味しい食べ物に満たされ身も心も魅了され尽くし、すっかり山の虜となった頃に。
そろそろ手もかからなくなっただろうし戻って来いと強制送還されてしまったという感じだったのだ。

勿論抵抗とか諸々したはしたけど。
向こうも向こうで職場の方から育児放棄の疑いを掛けられ始めたとか色々あったらしく、私のギャン泣きも虚しく大好きな祖父母と山から引き剥がされ、文化形態──というか食文化がまるで違う異国へと引き摺られ。
けれどあの山の幸を忘れる事が出来ずに、何度も脱走を繰り返し近場の山へ突撃を繰り返し続け、今に至る両親に諦められたのである。
長い戦いだったのだ。

というか、両親は両親で本当に朝から晩まで楽しそうに働き続ける人種だったから、家の事をやってくれる人間が欲しかったらしく。
税金対策とかよくわからん理由で買ったとか言う、ほぼ寝泊まりするだけの馬鹿でかい屋敷の管理を山趣味には目を瞑るからしなさいと、一人娘に押し付けたという訳なのだ。

なので私は、私からすると異国情緒満載のどれだけ住んでも慣れない家を適当に掃除しつつ。
近所の学校に行って隙あらば山に赴き山菜取りに励む毎日なのである。

ちなみに何故山菜なのかというと、故郷のお祖母ちゃんの作る山菜料理は最高に美味しいからだ。
天ぷら、炒め物、煮物、和え物、うどん、蕎麦──その他諸々の、レパートリー豊富な祖母の山料理はもうめっっっちゃくちゃ美味しくて。
その料理を朝昼晩食べ続け、その料理に血肉を作られて行った私は、山菜を食べなきゃ生きていけない身体になってしまったのである。

──もちろん、こっちのものだって食べるけど。
でもやっぱり私は、こっちの基本というか主流というかオンリー食たる洋食よりも、やっぱり舌に慣れた和食の方が美味しく感じてしまうわけで。
なので無駄に多いお小遣いだったり、時折山で見つける素材を換金して得たお金だったりでお祖父ちゃんたちの口座にお金を振り込み──私を連れ戻す際に父が化石みたいな暮らしをすんなと色々と電子開拓させたのだ──そのお金で向こうの食材を送って貰って、故郷に対する恋しさをなんとか紛らわせているのである。

でも、舌は騙せても身体は騙せないのだ。
だって最早山に人生を捧げたいというか山で人生を過ごす気満々だったものだから。

だから定期的に自分の脚で山に登って自分の肺一杯に綺麗で新鮮な山の空気を吸い込んで。
そうして自分の手で山の恵みたる山菜をマナーよく──といってもこの国じゃ山菜はマジでアウトオブ眼中だから私以外誰も採ってる気配ないんだけど──採取して、美味しく楽しく素敵に自身の糧にしているというわけなのだ。

──だけどまあ、そろそろ山友達が欲しいなあとも、思うわけで。
ザクリとフキノトウの根元から実を切り離して、腰に括りつけた魔道具専門店で大金叩いて買った特殊な籠入れなんかめっちゃ入るミニ籠にぽいと採取したものを入れ込んでいく。

これは特殊な魔法が組み込まれてるとかで。
どんなに適当に放り込んでも入れた状態のまま時まで停止して保存してくれるとかいう、めちゃくちゃとんでもない優れものだ。

重さも軽く出すのも簡単で、こっちに来てから一番感動したものである。
勿論、故郷の祖父母んとこにも購入して送り済みだ。

「……ふぅ」

ここは春の山。
今日は特に運が良く、順調にミツバやワラビ、クサソテツにコシアブラなんかもいっぱい採る事ができた。
大変満足だ。

これ以上は取り過ぎになっちゃうし。
あと数個だけフキノトウを採取したら今日はもう帰ろうかなと、泥のついた軍手で額の汗をごしりと拭う。
勿論そんな事をしたら顔は泥だらけになるけど。
でも山で土に汚れるのは当たり前なんだから、特に気にしない。

この先に拓けた休憩所──といっても、切り株や簡易的な木のベンチがあるくらいだが──があった筈だし、そこでお弁当を食べて今日はお終いだ。
そう思って、どっこいしょ、と軽量魔法は掛けているもののやっぱり重たいリュックを支えながら立とうとして──。

ふ、と急に陰った視界に。
思わず"なんぞ?"と顔を持ち上げたのだ。

「………え」

──するとそこには、世にも麗しい美青年がいつの間にか立っていたのである。

美形だ。
なんか知らんけど、美形のイケメンがいる。
いや美形もイケメンも同じ意味か??

「……」
「……」

──まず、顔がいい。
なんかよくわからんが矢鱈目ったら顔がいい。
装備は完全にモサい山仕様なんだけど、その服のモサさを全て顔でカバーできてしまう程顔がいい。
モデルやってますとか言われても、普通に納得できてしまいそうな顔面の良さだ。
つまり目の保養。

そうして──この人めちゃくちゃ背デカいな。
中途半端な姿勢の儘、思わずまじまじと私を見下ろす青年を見上げてしまう。
今の体勢が中腰だからとかそういうの関係なく、なんか矢鱈目ったら背が高いように思える。

そんな、顔が良くて背が高い山仕様の格好をしている美形が。
なぜか私の事をじっと真顔で見詰めているのである。

そう無言で。
ひたすら無言で、こっちを見ているのだ。

──えっ私なにか粗相をした……?
そう思いつつ、中腰から普通に立ち上がり、手に握っていた剪定鋏を腰に括りつけていたホルダーへと差して。
未だ無言で直立する巨人──立って確認するとマジでデカいなこの人──に、取り敢えずへらりと微笑んで声を掛けてみる事にする。
気分は未知との遭遇だ。

「えっと……こんにちは?」
「はい、こんにちは」

ぺこっと頭を軽く下げて挨拶してみれば、ニコリと素敵な笑顔で即座に挨拶が返された。
それに、おおう、顔がいい!と呻くように思いながら、でもなんでずっとこっちを見て来たんだろとも思う。

というか、日頃イケメンなんて周りに全然いなし。
普通に照れると言うか変な汗かいてきちゃいそうだ。
つまり謎に照れる。

──え、え、どうしようどうしたらいいんだろ。
なんか妙に居たたまれなくて、ゆさっと無意味にリュックの位置を直したりなんかしてしまう。
ついでに髪も整えようとして、あ、今顔泥だらけじゃん!っと数秒前まで顔汚れても別にみたいな舐めた事を考えていた自分の事を殴りたくなってしまう。
でもだって!こんなイケメンが!突然山に現れるなんて!思わなかったから!!

──んあ〜〜〜やばい本当に変な汗かいてきた!
照れる!無意味に照れる!なんかよくわかんないけど照れてしまう!
というかへらへら笑ってるだけなのもそろそろ辛い!
この謎空間、エッ本当にどうすればいいの。

なんて、心の中で叫び散らしていれば。
目の前のイケメンさんは、実にゆったりとした動作ですっと私の腰に括りつけてある剪定鋏を指さしたのだ。

「……剪定鋏、ですよね?」
「えっあ、はい」
「そしてそちらは、収穫籠……ですよね?」
「はい、そうです」

──えっここって収穫NGとかあったっけ。
立ち入り禁止区域じゃなかった筈だしそんな規約はなかった筈だぞと、突然の質問に頭の中でぐるぐる思考を回していれば。
唐突にイケメンさんは、パチンと胸の前で止めらえていたリュックのホルダーをパチンと外して。
そうしてそのまま、無言で背中に背負っていたリュックを降ろしだしたのだ。

「少々お待ちを」
「えっえっエッ!?」

突然の着脱に何事!?と変に身構えてしまう。
だって、今の流れでなんでリュックを降ろすのか、本当に意味がわからない。

すると彼は私の方にリュックを差し出して。
──いや違う、リュックのサイドを、私の方に見せてきたのだ。

「──こちら、僕の収穫籠です」
「え?」

指示されたまま見れば、確かにそこには収穫籠が。
というか、恐らく同じメーカーで買ったであろう、似たデザインの網籠がリュックの両サイドに括りつけられていた。

──凄い、あのメーカーの高いのに。二個も買っているのか。
そんな事を思いながら取り合えず"わかりました"と頷いてみれば、何故か彼も神妙な顔でこくりと頷き返してきた。
さっきからこの人、言葉とか仕草とか真似してきてなんかちょっと面白くなってきたぞ。

するとイケメンさんは、おもむろに籠に手を突っ込んで、なにやらごそごそとし出したのだ。
ついでにこのメーカーの籠のいい所は傾いても振っても、登録した使用者が魔力を込めて振ったり手を突っ込んだりしない限り中に入れた荷物が出てこない所なのである。
だからどんなに勢いよく転んで斜面から滑り落ちても、補強魔法のお陰で籠は壊れないし中身もこぼれないという優れものなのだ。

で、そんな籠からイケメンさんは、とあるものを取り出してきたのである。

「こちら、僕が収穫したキノコです」

イケメンが差し出してきたのは、春キノコの代表格とも言えるハルシメジだった。
基本的に梅の木の下に生える薄茶色のキノコで、個人的には茹でるよりもじゅわっと炙った方が美味しいタイプのものである。

全体的に苦みのない味で。
傘の部分はコリコリ、その下の柄の部分はシャキシャキした触感の、しっとりした甘味が美味しいキノコだ。

というか、大きくて立派だな〜〜!
バター焼きとかにして食べたい。

「美味しそう〜〜! ハルシメジ、美味しいですよね」
「 ! キノコ、ご存知なんですか……!」

思わずじゅるりと口の中に涎が溜まりそうになりつつ、そう言えば。
目の前のイケメンは対して口も目も動いてない筈なのに、突然パッと表情を輝かせたのだ。

それに思わずうぉっと何かに圧倒されるような気持ちになりつつ。
途端に嬉しそうな雰囲気を醸し出すイケメンに、こっちも釣られてニコニコ笑いながら頷いた。

「いやぁ、へへ。山に詳しい女なんてこっちじゃ珍しいですよね。一時期山にいる祖父母と一緒に住んでまして、その頃にいっぱい食べてたんです」
「素敵なご家族ですね。今はこちらに?」
「はい、こっちに住んでる両親の元に引き取られまして。でも中々山の幸を食べれる機会がなくて……山菜とか……で、えと、自分で採る事にしたんです」

──突然私自分の事喋り過ぎでは。
そう、言った後に焦ってしまう。
笑顔なんて、謎の緊張でガチガチだ。

だってなにをペラペラと身の上話を話してるんだ私は。
えっどうしよう"なんだこの女"とか思われてないだろうかエッ困る。

というかこっちってこう、お淑やかというかお澄まし系の子が可愛いって言われるのに!
うわ〜〜〜〜〜辛い駄目だ自分で山登り大好きなじゃじゃ馬感アピールしてしまった!
いや別に!いいんだけど!でもエッうん嘘ちょっと駄目だ数秒前に戻りたい!!!

そんな事をたらたらと考えて。
段々、冗談抜きでたらたらと汗を掻いてきてしまう。
普通に直射日光による汗と、緊張と恥ずかしさから出てくる汗だ。
もう本当に、穴があったら入りたい。

「熱そうですね」
「へぁ、えっ。はいその、暫くここで採ってたので……。へへ、みっともなくってすみません」
「いいえ。とんでもないです。こちらこそ、突然話しかけてしまってすみません」

──いや話しかけたのは私の方では……?
なんて思いつつ、もうこれで挨拶とかして立ち去った方がいいのかなとか考えていれば。
イケメンさんは、またすぃ、と指を今度は右斜め上の方に向けて指したのだ。

その大きな手に、なんとなくまたも釣られて目線を動かしてしまう。
視界の中に移る彼は、やっぱり綺麗な笑顔で笑っていて。
そうしてそのまま、こう言葉を続けたのである。

「──なので、あちらの休憩所でお話しませんか?」
「え、あ、はい。……えっ、はい……?」

──エッなにが"なので"……?
なんてことを思いはするものの。
だけどまあイケメンさんは更にニコニコ嬉しそうで。
そのやっぱり綺麗な顔に、こんな美形とお話出来るだなんて今後の人生の中でもう一生ないかもしれないしな、なんて思ってしまうわけでして。

なんだかもう、最早拝みたい心境になりつつ。
まあ一生の記念になるか!と、私はこちらをチラチラと振り返りながらも進む彼の背中に大人しく付いていくことにしたのである。

──いやだってほら、性別違うけど、山で初めて出会った同年代だし!多分!

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