09
雪村千鶴side
「おい、そこの小僧」
「ガキのくせに、いいもん持ってんじゃねえか」
「小僧には過ぎたもんだろ?」
「寄越せ。国のために俺たぎゃぶっ」
がづっ!!
おかしな言葉の切り方をした浪士は、次の瞬間には私の視界から消えていた。
「ハイ君たち。怖がる女の子を囲んで何してるのかな?」
横手から現れたこの銀髪の綺麗な女性が、浪士のこめかみに膝蹴りを入れたらしい。男は地面に滑り込んで、そのままぴくりとも動かなくなった。
一瞬場が唖然となったが、残った浪士たちがいっせいに色めき立った。
「この女、何しやがる!!」
女性は未だ呆然としたままの私の手を掴んで
「行くよ」
「え…え!?」
その場から走り出した。
「待ちやがれ!」
「しつこいな」
「はぁっはぁっ」
こんなに走ってるのに女性は息ひとつ乱れていない。それどころか肩で息をしながら走る私を引っ張り続けてくれた。
狭い路地に入り、後ろに浪士たちが追いついていないのを確認すると、女性は私を家と家の間に押し込んで隠した。私が木の板の影に隠れるのを確認して、彼女は出て行こうとする。
私はあわてて引き止めた。
「あ、あのっ…待ってください! 一緒に隠れたほうが、いいです」
「私の心配は…あれ? 君は………」
彼女は何かに気付いたみたいに私の顔を凝視した。
「ひょっとして昔、東の隠れ里に住んでなかったかな?」
「え…?」
「ぎゃああああああああっ!!!」
「「!?」」
誰かの悲鳴が響き渡って会話は中断された。
女性はすっと表情を引き締め、私を隠すように前に立った。路地から様子をうかがって顔をしかめ、ぽつりと小さく呟く。
「……ひょっとしてあれがヴァンパイア?」
私も思わずその場から身を乗り出した。
「な、なに……!?」
浅葱の羽織を着た人々が、浪士たち(だったもの)を滅多刺しにしていた。溢れ返る血の匂い。肉を切り、骨を断つ音。
「ひゃはははははははははははは!!!」
狂ってる。彼らは………人間じゃない。
冷たい何かが背筋をなぞる。
怖い。逃げなくちゃ………
がたん!
「!!!」
こわばった私の身体は思うように動かなくて、すぐそばにあった木の板を倒してしまった。
浅葱の羽織の彼らが一斉にこちらを振り返る。狂気に満ちた赤い瞳が私たちを射抜いた。
女性は化け物をにらみ付けながら、はぁとため息をついた。
「出てこい、ゼロ」
その言葉に、何もなかった空間からゆらりと男の人が現れた。
漆黒の髪に漆黒の羽織袴の、ぜろと呼ばれた男性は、この緊迫した空気の中やわらかい微笑を彼女に向けている。
『香耶さん、僕を呼んでくれるのは久しぶりですね』
「君を呼ばなかったのは思いやりからだよ。私は君が本調子じゃないのを知っている。でも今は緊急事態だから仕方ない。この子を頼むよ」
そして彼女は私に向き直った。
「私は月神香耶。この男はゼロ。こうして出会ったのも何かの縁。ここを切り抜けられたら一緒にお茶でも飲もうよ」
軽い調子で言って身を翻す香耶さんを、私は再度引き止めた。
「あのっ………私は雪村千鶴です! お茶………楽しみにしてます」
香耶さんはとても綺麗な笑顔を返してくれた。
そして今度こそ、血にぬれる彼らの前に飛び出していった。