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月神香耶side



慶応三年十一月十八日

新選組との分離以降、表面的には友好関係を続けていた御陵衛士らがついに牙をむいた。
彼らは佐幕派の象徴である新選組の出身であることから、尊攘討幕派である長州勢や薩摩からなかなか信頼を得られない立場であった。
十月には大政奉還が成立し倒幕活動の中心勢力が長州、薩摩になった今、自分たちが生き残るためには新選組との完全決別は必須だった。
伊東らは薩摩藩兵が続々と上京するのを見て好機到来と近藤の排除を企てるも、新選組の間者として御陵衛士に潜入していた斎藤一によってその計画はつつがなく近藤らに伝わったのだった。
(抜粋:「新選組と土方歳三」双葉社)



「ふぇ…へっくちゅんっ」

「香耶さん大丈夫?」

「うぃ」

七条油小路。
夜陰に身を潜める新八君や左之助君、そして千鶴ちゃんを眼下に望み、私と総司君は近くの蔵の屋根の上で、気配を殺して様子をうかがっていた。

辻には伊東さんの遺体。
あまり気持ちのいい景色とはいえないそれに、はぁと溜息を吐けば、吐き出された白い霞はいろんな思いと共に暗闇へととけて消えた。

とうとうこの日が来てしまったか。
油小路の変。

私がここにいる目的は、千鶴ちゃんの安全に気を配りつつ、今日ここで絶たれることになるはずの平助君の命を救うこと。
総司君は自分に割り当てられた任務(伊東さん殺害)後に私にくっついてきた。おそらく彼の目的は、私を護ることだ。



月が位置を変え始めた頃、彼らはやってきた。

「む、あそこに倒れているのは……?」

「伊東先生! おのれ、一体誰が、このような真似を……!」

六、七人の御陵衛士が、伊東さんの遺体に駆けつける姿が確認できた。
そしてその中には……うつむき表情の見えない、平助君の姿も。
新八君と左之助君は一瞬だけ目を閉じ、そして暗闇から姿を現した。

「……新八っつぁん。左之さん。それにおまえもか、千鶴……」

「永倉! 原田! 伊東先生を殺したのは貴様らか!」

平助君の声が衛士の怒声にかき消される。
──と同時に、一発の銃声が辺りにこだました。

「何事だ!?」

新選組も、そして御陵衛士までもが戸惑っている。私と総司君も、驚いて屋根から身を乗り出した。

「おいおい……いったい、どこの馬鹿が撃ちやがった!?」

「どこの馬鹿とはつれねぇなぁ。……よう、人間。遊びに来てやったぜ?」

その見覚えのある顔に、千鶴ちゃんが目を見開いた。

「不知火さんに天霧さん……!?」

「おい、なんでおまえらがここにいる!」

「なんでってなぁ……仕事だよ仕事。頭の悪いおまえらと、もっと頭の悪い御陵衛士が罠にはまるのを見物しに来たって事さ」

不知火君がひらひらと手を挙げて合図すると、わらわらと出てくる薩摩藩士たち。
新選組と御陵衛士はすっかり囲まれてしまったのだった。



新選組と御陵衛士。新選組と薩摩藩士。御陵衛士と薩摩藩士。
油小路は血で血を洗う三つ巴の混戦状態だ。めまぐるしく変わる戦況を、私は屋根の上から注視する。

「……嫌な予感がする。ゼロ、屯所を見てきて」

『了解です』

横にいる総司君が一瞬私に視線を向けた。しかし私は、音も無く現れたゼロが私に向かって一礼しこの場から消えても、眼下の景色から目を離さなかった。
そんな中、孤立する平助君に千鶴ちゃんが駆け寄る。

「平助君!!」

「千鶴!? なにやってんだよ、この馬鹿! 斬られたらどうすんだ!?」

怒ったような、呆れたような声をあげて千鶴ちゃんを背に庇う平助君。その背中を見て、千鶴ちゃんは思わずといったふうに微笑を浮かべた。

「ごめんなさい。でも……どうしても伝えたいことがあったから……」

緊張を紛らわせるように、ふっと息をつく。

「新選組に、戻ってきて欲しいの……」

打ち合う鋼と悲鳴の音が辺りを満たす。
なのに千鶴ちゃんと平助君の周りだけが、沈黙に支配されているみたいで。
私の隣で総司君も、斬り合いに意識を向けながらもふたりを見守っている。

「──俺、は……いまさら……いまさら戻れないって……。伊東さんにつくのが国のためになる……そう思って、こっちの道を選んで……ここまできちまったんだ……」

「いまも……いまも、平助君はそう思ってるの?」

「……わかんねぇ。ただ……左之さんを、坂本殺しの犯人に仕立てるって言う伊東さんは、間違ってるかもって、思った……。だからって、その伊東さんを殺す新選組もどうかと思うけど……」

迫り来る薩摩藩士の刀を叩き落して、平助君は自嘲する。

「……やっぱさ、自分の道って、人についてくだけじゃ駄目だったのかもな……。最近はさ、いつも、新選組にいたときのことばっか考えてたよ」

「私も……平助君のことをずっと考えてたよ。新選組のみんなも、そうだと思う」

「……そっか……」

またひとり、敵を退けて、平助君は笑みをみせた。

「戻りてぇな……でも、もし新選組に戻ったって、今の俺はなんのために戦えばいいのかわかんねぇけどさ」

「……なんのために……?」

「なにをしている藤堂! こいつは新選組だろうが! 斬れ!」

……そのとき。
突然脇から飛び出してきた衛士のひとりが、千鶴ちゃんに刀を向けた。

「っ!」

平助君は身を翻し、その衛士の鳩尾へ柄尻を叩き込んでいた。



「……平助」

血に倒れ伏せた味方を見て呆然とする平助君の前に、総司君が飛び降りる。

「……総司!?」

「──僕には」

襲い掛かってくる衛士を一太刀の内に斬り伏せて、刀に付いた露を払う。



「死なせたくないひとがいる」

屋根の上に残された私の姿を一瞥して。



「戦う理由なんて……それで充分だろう? 平助君」



返り血を浴びて壮絶に笑う総司君。
それにこくりと頷いた平助君の瞳には、力強い光が宿っていた。

「……相手が人だろうが、鬼だろうが関係ない」

自分の中の迷いを振り捨てて。

「俺が守ってやるよ。おまえを狙うすべての敵から、俺がおまえを守ってやる」

その晴れやかな笑みを千鶴ちゃんに送った。

ああもう、ホントこいつらカッコいいな!!!

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