110
沖田総司side
近藤さんのそばから離れると、なぜか胸騒ぎがしてきた。
大事なものがぽっかりと抜け落ちてしまったような。
「沖田さん、あの……」
そわそわと落ち着かない僕に、千鶴ちゃんが言いにくそうな顔で訊ねてくる。
「香耶さん、帰ってきていませんか?」
「え……いないの?」
どくりと心臓が高鳴った。
胸騒ぎの理由は……。
「あと、薫もいないみたいで……」
外はもうすっかり暗くなっている。僕は弾き出される勢いで外へ向かうふすまを開けた。
「沖田さん!?」
「──探しに行く」
そしてあたふたする千鶴ちゃんを残し、床を蹴った。
香耶さん……。最悪の事態なんて、考えたくないよ。
ひゅっと凍てついた空気が咽を通るたびに、頭の中は逆に沸騰していくような気がしてくる。
彼女のことだから、きっと彼女なりの考えがあって別行動をとってるんだろうと思う。
……でも、もしも。
路地の隅で。
人気のない木々の間で。
愛おしいひとの血まみれの姿があったら。
「……ぐっ…!」
やめろ。馬鹿なことを考えるのは。
街道の真ん中に立ち止まって、息を整える。
焦燥だけがつのって、髪をかきむしった。
そのとき。
大勢の人間の気配が、僕の行く手を遮った。薩摩藩士だ。
「──沖田だ!」
「新選組の沖田が来た!!」
「………」
ふぅん。僕の邪魔をするんだ。
なんて、笑顔で言い放つ……こともなく。
僕はただ無表情で、菊一文字の鞘をはらった。
だってそうでしょ。あれは殺すべき敵で。
僕と香耶さんを隔てるものなんだから。
ころさなきゃ。
『いたいた! おっきたさーん♪』
気の抜けるような男の声で、僕は正気に返った。
気付けば周りに生きてる人間はひとりもいなかった。愛刀も僕の手も浅葱の羽織も、血に濡れて真っ赤に染まっている。なのにそれに頓着することもなく、全身黒尽くめの男はいつもの食えない笑顔で、まっすぐ僕に向かってきた。
『奉行所にいないから探しましたよー。あーあ。派手に暴れましたねぇ』
「ゼロ君……」
いそいそと懐紙を差し出すものだから、僕はあっけに取られて受け取ってしまった。しょうがないのでそれで刀の血を拭う。
彼を殺す気にならないのは、彼が僕と香耶さんを繋ぐ者だと本能で理解しているからだ。
こいつがこんなにのんきに笑ってられるということは、つまり香耶さんは無事で、どこかでよだれ垂らしながら寝こけてでもいるんだろう。
『沖田さんの読みはほぼ正解です。香耶さんはただいまご就寝中です』
「……心読まないでくれる?」
こいつがいけ好かない、むかつく奴だということも理解した。禿げてしまえばいいのに。てか禿げろ。ばーかばーか。
『ちょ、沖田さんキャラ、キャラ!!』
八つ当たり気味に思う存分ゼロ君をいじり倒したあと、僕達は本題に入る。
「で? ゼロ君がわざわざ僕を探していたってことは、香耶さんからなんか伝言でもあるんでしょ」
『あ、そうでした。とりあえず無事なんで心配いらないよ、ということです。来月には合流できるでしょう』
「来月、」
ひと月は短いようで長い。とりあえず再会したらお仕置きだね。
『それでは僕はこれで……』
「ちょっと待って」
消えようとするゼロ君を僕は呼び止める。こいつに頼み事をするなんて気に入らないけれど、今はこいつだけが頼みの綱だから。
「香耶さんに伝えてよ。怪我したり…死んだりしたら許さない。無理しないでね、って」
『、分かりました』
ゼロ君の笑顔にほんの少し影が差す。
僕だってわかってる。
香耶さんは、たぶん、この戦で死んだっていいって思ってるんだろう。悔いは無い。むしろ本望だって。いままで幸せだった、って。それが、積年の望みだったって。
けれど僕は、嫌だ。香耶さんに潔さなんて求めない。
生き汚くたっていい。
生きて。
僕より早く、死なないでよ。
ゼロ君と視線が絡む。
『僕も、そう思いますよ。貴方と同じなんて釈然としませんけど……』
「僕だって不愉快だけど」
今は逆に、信頼できる、なんて。
ひと月後、新選組が江戸に滞在しているとは、僕は思いもしなかったけど。
『(あ、薫さんも一緒だと言うの忘れてましたね……まぁ、いいか)』