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土方歳三side



五月十一日。陸海双方、函館山からも新政府軍がなだれ込んだ。午前七時には、函館市中も新政府軍の手に落ちる。
俺は弁天台場に篭城する新選組を見捨てることなどできず、五稜郭を出撃した。
もう生きて戻ることは出来ないかもしれないと、心のどこかで思いながら。

怒号。銃声。

函館を取り戻さねえと。
足掻いて、もがいて。新選組が、俺の信じるものだったから。



「───土方さん!」

誰の声だ?



銃弾が馬に乗っていた俺の脚を貫いた。
本当は急所に命中するはずだったそれを、刀で弾いて逸らした奴がいたから致命傷にならなかったのだろう。
その証拠に金属と金属がぶつかり合う音が、激しく耳に響いた。まるで耳鳴りのように。
衝撃で落馬した俺を、別の誰かが支える。

「危ないところでしたね」

「……俺は夢でも見てるのか」

夢にしちゃあ冗談が過ぎるぜ。
俺を支えてるのが山南さんで。

「撤収しましょう!」

「ええ」

俺たちの盾になって刀を振るう総司が見える。

「待て……山崎や島田たちが……」

「大丈夫。山崎君がうまく運んでくれますよ」

……山崎も一枚噛んでんのか。

被弾した右足は骨が砕けているのか、まったく使い物にならない。血がとめどなく溢れ、放っておけば出血多量で死にそうだ。
それを山南さんに的確に処置されて、二人の肩を借りて移動する。
退路を安全に確保していたのは、なぜか鬼の親玉の付き人だったはずの天霧だ。

「土方さん、近藤さんは生きてますよ」

「な…んだと」

会話でもしてないと気を失いそうだったが、総司の言葉に別の意味で気を失いそうになる。

近藤さんが生きてるだと? だったらなんでここにいない。

「彼は死んだことになっています。表舞台に出すわけにはいかなかったんですよ」

山南さんの言葉に眉根を寄せる。
どういうことだ。何を企んでる。
……いや、いまはそれより。

「………あいつは」

近藤さんが生きてるって言うなら……あいつはどうなんだ。


香耶は。


「それは自分の目で見て確かめてくださいね」

俺は、総司のまんまと悪戯が成功したみたいな笑顔に気付く余裕もなく。
敵の手がまだ及んでいない、五稜郭の裏手にたどり着いた俺たちを迎えたのは、あたり一面の桜だった。



儚く優しい香りが血の臭いを薄める。
淡い花弁に包まれた、幻想的な景色の中に、あいつがいた。

「歳三君」

肩で短く切られた銀髪を風に揺らし。
華奢な身体に新しい命を宿す、その姿は。
血と怨嗟にまみれた俺とは違う、聖域だった。


細く白い手が俺に近づこうとする。

「っ触るな……汚れる」

しかし香耶は、血や土まみれの俺にためらうことなく近づいて、その手で俺の頬を包んだ。


「お疲れさま。少し休んでいいよ」


小さな温もりが俺に安堵を運んでくる。
傷は痛いし、熱も出ている。だから、これが俺の願望が見せている都合のいい夢だったとしても。


「がんばるのはもう少しあとでもできるから」


緊張が抜ける。もうこれで死ぬのだとしても。


「……香耶、」


最期まで、ずっと……そばにいてくれ。
香耶。

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