17

月神香耶side



「………くん、……香耶君!」

はっと目が覚めた。

「…うん? 敬助君……?」

「ええ」

ここは……うわ、また屋根の上だ。しかもかなり高い位置の。あたりは真っ暗になっている。

「ここは天守閣の上のようですね」

「うそ!?」

敬助君の言葉に思わず眼下を覗き込む。よりにもよって城。

「見てください。城下が燃えています」

焦げ臭いにおい。銃声や砲撃の音も聞こえる。

「………戦争…?」

過去…戦国時代だろうか。



「………」

「………」

私たちはしばし言葉を忘れてその光景に見入っていた。そして敬助君がぽつりと口を開く。

「これは、時を渡ったのですか?」

「……そうかもしれない。でも違うかもしれない」

「違うとは?」

「並行世界かもしれない、ということだよ。
世界とは私たちがさっき居たところだけではない。似たような、もしくはまったく違う世界が、今、この時と同じ時間軸でいくつも存在しているんだ。もしもあの時こうだったら……、そんな、ありえたかもしれない時間軸が無数に枝分かれして存在している」

時渡りの能力で移動する世界は、無限に存在する過去、未来、そして並行世界のいずれかだ。

「そういった世界を移動することを総称して『時渡り』と呼んでいるんだ。
私はこうして、違う世界をいくつも渡って、今の世界にやってきた。そして、私が使う時渡りの術は、どこに移動するかはまったくのランダム…無作為なのだよ」

「それでは………もしや私たちは帰れないということではないのですか?」

「いや、帰れる。今、私たちはもとの世界に籍を置いている状態でここに来ているからね。
籍、というのは…私たち時空移動者の、存在すべき場所とでも言うか…とにかく人は必ずどこかの世界に籍を置いていなくてはならない。そして、籍を置いた世界が拠点となるんだ。だからもうすぐ……ほら見てごらん」


ぐにゃり、と景色が歪んだ。

「うっ………」

「これは強制送還。籍がない者は、その世界にとって異分子となる。強制的に世界からはじき出され、本来籍がある世界に還されるんだ」

「………なるほど…」

ぐらっと無重力を体感したと同時に、私たちはもといた世界…敬助君の部屋に戻ってきた。
戻ってきて初めて地に足が付いた心地がして、私も敬助君もほっと息をつく。



「まあ…籍が移動先の世界に移るかどうかもランダムだから、ひょっとしたら帰れなくなる可能性もあったんだけどね」

「な、なんて危険な博打を打つんですか! そういうことは行く前に言いなさい!」

「ごめんごめん」

言ったら断られると思って。でも自分の意思で、籍を置くことだってできるんだよ。




「さて、ここまでが話の前置きか。ええと、桝屋同行の目的…は、話したよね」

「そうですね。これまでの話から推察するに、貴女は新選組の…いえ、この世界の未来を知っているということではないのですか?」

「飛び飛びにはね。知っているよ。いや、知っていた、かな。私が知ってる新選組とここの新選組は似て非なるものだった。この世界に籍を置いて十余年、考え続けて得た結論は…」

「貴女が知っているのは、別の…並行世界の新選組のことだった、というわけですね」

「理解が早くて助かるよ。その通り。私はこの先どうなるかなんて責任を持って言えない。だから言わないよ。未来は自分の手で切り開かなくちゃ」

「そして貴女は、独自に私たちを守ろうと考えている?」

「うん」

暫く真摯な視線で見つめ合って、敬助君は息をついた。

「なぜ私にここまで話したんですか?」

「君に味方になってもらうためだよ。この先私がやることにはすべて許可を出し、そのつど近藤さんと歳三君を説得して欲しい」


それから切腹で亡くなるとされている、君の救済法を考えるため。


敬助君は私の提案にしばらく難しい顔をして悩み、すこし逡巡した様子で口を開いた。

「…………貴女のことは信じます。しかしあなたの行動に許可を出すかどうかは、私が決めさせていただきます」

「分かった。それでいいよ」

「それで桝屋同行の件ですが………」

「――総長」

ふすまの外から敬助君を呼ぶ声が聞こえて、私たちの会話は中断された。ふたりの間に一瞬だけ沈黙が流れる。
敬助君はふすまへと視線を移し、声の主の名を呼んだ。

「山崎君、どうしました」

烝君はたしか枡屋の偵察組だったはず。
いやな予感がして、私はおもむろにふすまを勢いよく開けた。

「!」

「わ、烝君、何そのカッコ。可愛い」

あ、心の声がまた漏れてしまった。
いつもと違う服を着た烝君は、私の出し抜けな感想にもつとめて動揺を見せず(耳が赤かったけど)、いつもの淡々とした口調で敬助君に報告を続けた。

桝屋喜右衛門を、巡察途中の一番組が捕らえてきたと。

はぁ。なんてこった。見逃した。
敬助君が含みのある視線をよこしたので、私はわざとらしく肩を落とした。

あの池田屋事件が始まる。


このときの敬助君のたった一度の時渡りが、後に彼を救う鍵になるとは、この時点の私は想像もしていなかった。
そして私たちは、あの時いた城が平行世界で会津戦争ただ中の会津若松城だったことを、終ぞ知ることはなかったのである。

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