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月神香耶side
「おはよ、香耶さん」
ちぅぅぅぅ〜
「んむぅぅ!?」
目が覚めると、総司君の口付けが振ってきた。
「ここは………私の部屋?」
私と千鶴ちゃんの部屋で間違いはない。
……あれ? 前にもこんなことがあったような気がするな。
「総司君、私 何日寝てた?」
「丸一日は寝てたね」
んん? 敗残兵の追討は?
「新選組は今頃大阪方面に向かっているはずでは…」
「そうだね。向かってるね」
「何で総司君がここにいるのか…訊いてもいい、かな」
何とはなしに怒気を纏う総司君にじりじりと詰め寄られて、声を呑んだ。
「香耶さんのせいでここにいるんだよ」
わたしのせい?
「……はぁ。わかってるのかな? 君が血まみれで屯所の外に倒れてたのを見たとき、こっちはほんとに心臓が止まるかと思ったんだけど。僕言ったよね? 無茶しないでって。命を大切にしてって。
なのにあんなになるまで…っ、君は何やってるんだよ!!」
「そ…じくん」
総司君が私に向かって怒鳴るのは初めてだった。
彼はうつむいて私の寝ている布団の上にぽすんと頭を乗せた。
「………」
「……ごめん」
私は総司君の背中にそっと手を置いて、するすると撫でた。
声を荒げたときに見えた彼の顔が、泣きそうに歪んでいたから。
「………聞いたよ。あの血は、六角獄に戻らなかった囚人達を斬ってきたからなんでしょ?」
「…うん」
私は気まずさから視線をそらした。しかし顔を伏せている彼からは見えなかっただろう。
本当は囚人達に逃走の意思があったかなんて知らないまま、全員を問答無用で殺してきた。彼らを生かしたままにしておくと、いずれ出所または脱走し、敵となって私の知らないシナリオを引き起こす可能性もあったから。
けれど総司君には本当のことを言いたくなかった。あの強引で残酷なやり方を、軽蔑されるのが嫌で。
「疲れて寝てただけだったんだけど、驚かせてしまったみたいでごめん。それから 心配させて、ごめんね」
私の言葉に総司君は、すっと顔を上げた。
「……僕こそごめん。君のこと守るって言ったのに。守られてばっかりで」
言って、彼は縋るように私を抱きしめた。
千鶴ちゃんには消化の良いご飯を作ってもらって、敬助君と平助君は水饅頭を持ってお見舞いに来てくれた。(と言っても私は健康体なんだけど)
そのときに聞いたところによると、どうやら総司君は一番組を新八君に預け、追討行軍を外されて屯所にいたらしい。屯所周辺の警備及び禁門の変と火災、六角獄の件の事後処理、というのがその名目だけれど、平助君は「総司のやつ珍しく取り乱してたみてえだし、土方さんが気を回したんじゃねえの?」なんて勘ぐっていた。
その日の夕刻。
たまたま、いつも私の傍にいる総司君や千鶴ちゃんがおつとめで、長時間一人になる時間帯があった。
半開きにしたふすまから、西日が差し込んでくる。
私は部屋でごろごろしながら、ひとりで連珠をしたり敬助君の本を読んだりと暇をもてあましていた。
そこに現れた、知り合いの気配。
西日にその人物の影が差す。私はゆったりと本から顔を上げた。
「ずいぶん忙しそうだな。香耶」
「…千景君。君は少し会わないうちにずいぶん嫌味な大人になったね」
いろいろと事件がありすぎてすっかり忘れていた、西の鬼の頭領、風間千景だった。
私はうつ伏せで頬杖をつき、外に立つ千景君に無言で話を促した。
「…六角獄の囚人どもを始末したのはお前か」
「それに『はい』と答えれば、私は西の鬼を敵に回すのかな?」
「俺は香耶が俺のもとに来るならば何も言わん。そもそも人間の罪人がどうなろうと我ら鬼の一族にとってはどうでもいいことだ」
千景君のもとに行く……。それは私を尊皇派に取り込もうという意味ではなくて、彼ら西の鬼の一族に引き入れるという意味なのか。
「だったらほっといてくれてもいいじゃない。だいたい、私は君たちが嫌いな人間なんだよ。なのにいいの?」
強い口調で言うも、千景君は鼻で笑った。
「べつにおまえに子供を産ませるなどというつもりは無い。ただ傍に置いておくのも面白いだろうと思っただけだ」
「なら私は全力で人権を主張する!」
ペット扱い断固反対。めかけ扱いもだけど。
「とにかくさっきの質問の答えは、『はい』だね。六角獄の囚人は、釈放後私が一人残らず殺したよ。独断で」
「くくっ、やはりお前は面白い。幕府の犬どもには勿体ない。俺と共に来い、香耶」
「意味が分からないんだけど」
千景君は縁側にしゃがんで(土足だよ!)私の髪に触れた。
癖のある銀髪が夕日に照らされて赤銅色になっている。彼は興味深そうに一房すくって、それに口付けした。
「……そういえば君、天王山に向かう新選組とぶつかったんだってね。どうだった?」
私の髪をいじる千景君に好きなようにさせたまま、庭に視線を移して言う。
たしか、千景君はそこで、東の鬼の生き残りの 千鶴ちゃんに会ってるはず。気付かなかったんだったらいいんだけど……。
千景君は何か思うところがあったのか、髪を梳く手を止めた。疑問に思って彼に目を向けると、顎で立つように促されて、私は身を起こした。
「どうしたの?」
首を傾げていると、千景君はにやりと口角をつり上げて笑って、廊下の角にちらと目線だけを向ける。私も条件反射でその視線を追った。
「っ!?」
その隙に後頭部をわしづかみにされて、無理やり唇を奪われた。
その乱暴な手つきとは裏腹に優しく唇を食まれ、たっぷり10秒は待って、ようやく唇が離れる。私はあんまりの事に怒るのも忘れて呆然となっていたが、無意識のうちに拳を握りしめて振り上げていた。
しかし次の瞬間、ふたりの顔の間に閃光が飛び込んできて、私と千景君は とっさに身体を離した。
白刃の元を視線でたどると、そこには刀を構える総司君がいた。私は手持ち無沙汰になった拳を下ろした。
「離れろ!!」
総司君は怒りに声を震わせて千景君に殺気を飛ばす。そして千景君の咽元に向けて刀を横に薙いだ。
並みの剣客なら瞬殺だっただろう神速の攻撃にも、千景君は心底面白そうな顔でかわして距離をとる。
千景君は廊下の角から来る総司君に気付いていたのか。
総司君は私を片手で部屋の奥に押し込めて、千景君の行く手を阻むように敷居の前に立った。