34

月神香耶side



私は傷ついた掌をぎゅっと握り締めた。

「千景君。今のは高くつくからね」

唇を指でぬぐって言ってやると、千景君は私の胸中を汲みとってくれて、刀を鞘に納める。そして無駄に形のいい唇を笑みの形に曲げた。

「ふん、次は倍にしてやる」

な、何を!?

「はやく帰りなさい!」

焦る私を見て、千景君は嗤笑しながら塀を飛び越えて帰っていった。
はぁ、なんだか疲れた。精神的に。

次いで、私は沈黙している総司君を振り返る。彼の視線に猜疑や侮蔑の色はない。ただ私を案じて手を伸ばしてきた。

「香耶さん、手、見せて」

「総司君…」

総司君は私の掌の傷口を、懐から出した手ぬぐいで押さえて、離す。深かった傷口は、もうふさがりかけている。
手ぬぐいを見ると、こびり付いているのは血ではなく金色だった。

「これ…何?」

「……これは、私にかけられている血の呪い。私の血は、私の体温から離れると黄金になるんだ」

血が黄金になる、なんて、やはり異形だと思うだろうか。たしかに便利だし、生活に困ることはめったに無いけれど、……気味が悪いし、あまり自慢できるものではない。
他人に知られると利用されて生涯を終えるかもしれない危険もある。

「傷の治りも早いだろう。ほら、羅刹にちょっと似てる……」

「香耶さん、やっぱり羅刹のこと知ってるんだね」

あ、あれ? 羅刹のことは話してなかったっけ。

「……香耶さんは、この血を誰かに利用されたことがあるの?」

「この血を狙われるなんて日常茶飯事だよ。私を生かしてさえおけば無尽蔵に富を生み出せる」

私を捕まえて、飼い殺しにしようとする連中なんてどの世界にもいた。

「だから、この血のことは、人に知られないようにしてる」

「香耶さん……」

眉根を寄せて過去を思い出していたら、急に温かいものに包まれた。



「いなくならないでね。誰にも言わないから……」

「総司くん?」

「……だから、そんな顔しないで。僕は」

総司君は私を力強く抱きしめる。

「僕は、君が何者でもかまわない」

「……」

総司君、君は馬鹿だな。私は危険なんだって、わかるでしょう?
このまま私を捕まえて、傷をつけて、血を絞り取ってしまえばいいものを。
こんな実りの無い恋をして。

……ただ、ありがとう。
君の言葉に、私は救われる。



「……風間はこのこと知ってるんだ?」

「初めて会ったときに少しやりあったからね」

「ふぅん…」

何かたくらんでいるような笑顔を浮かべる総司君。至近距離で私の顎を持ち上げた。
そのまま顔が近づいて──


ぺち。


私は空いてる手で総司君の口をふさいだ。

「なにするの」

「なにするの、は私のせりふ。『消毒』なんてベタな事やんないでよ」

「ちぇ」

総司君は目論見が外れて口を尖らせる。

「それから、その刀、刀鍛冶に持ってかないとね」

総司君の刀には、先程の私の血が黄金になって貼り付いてしまっている。私は地面に転がっている黄金の粒を全部拾って、総司君に差し出した。

「あげる。お代の足しにして」

「いらないよ。これは香耶さんのもの。香耶さんが好きに使いなよ」

「……そっか。じゃあこの金で炊き出しでもしようかな」

「欲が無いなあ。簪でも買えばいいのに」

簪か……欲しくないとは言わないけど……。

…………私、髪を結えないんだよね

「なに? ごめん、よく聞こえなかった」

「だから、髪が結えないんだよ!」

「え、嘘!?」

紐や棒なんかで髪が結えるか! ヘアゴム! 誰かヘアゴムをくれ!! バレッタをくれ!!
心の内で十年越しの悩みが吹き荒れた。

「やっぱりこの金で髪を切ってこようかな。ばっさりと」

きっとすっきりするだろう。
私は髪の長さにこ特にだわりがあるわけではない。現在長く伸ばしている理由は、たまに日本髪を結ったり、髢を作るため高く売れることがあるからだ。
垂らしたままの毛先をつまんで弄んでいると、その手を総司君の大きな手に包まれる。目線を上げると、至極真面目な顔をした総司君が私に顔を近づけた。

「それは駄目。絶対に駄目」

「なんで?」

「切ったら斬っちゃうから」

「きったらきるって……意味が分からないんだけど」

この台詞言うの2回目だよ。

「髪が結えないなら僕が結ってあげるから。だから切らないで、ね?」

「うっ…そのきらっきらの顔は卑怯だよ。だいたい、何をそんなに必死になってるの」

「せっかくの綺麗な髪なのに」

「気味悪くないの? この色。そんなこと言ってくれるのは君くらいだよ。……あ、でもそういえば千景君も髪に口付けしてったな」

「なにそれ聞いてない!」

総司君はもう一度私にぎゅっと抱きついて、私の髪をまとめて持ち上げた。

「ちょっと、総司君」

「じゃ、『消毒』ね」

「やっぱり……」

言って、有無を言わさず髪に口付けして私を腕の中に閉じ込めた。
結局その金は、総司君と簪を買いに行くのに使うことになるのだった。

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